47話 地下にひそむ
しばらく調べてみると、印はほとんど全部の枝道についていた。バツ印がついているのは崩落して進めない道だ。マル印は崩落してはいないけど袋小路になってる。
「マル印はそのうち貯蔵庫がわりに使うつもりなんだろう。ということは、矢印が進む方角だな。ヤツらが道に使ってるところだ」
「ここなら、どれだけたくさんでも品物を隠せるね」
でも、この暗闇のなかで悪漢たちと遭遇したら大変だ。わたしはまっすぐ走るだけでやっとだし、兄さまを危険なめにあわせたくない。
「出なおして、もっと人数をそろえたほうがいいんじゃない? 兄さま」
「ああ。そうだね。だが、待ちぶせするにしても、抜け荷の保管場所を知っておくほうがやりやすい。もう少しだけ調べてからにしよう。場所がわかれば、すぐに帰る」
そのつもりで、わたしと兄さまは暗闇を進んでいった。矢印をたどっていけば迷わないから、それじたいは楽なものだ。
途中、澄んだ水のウロコのように重なった泉や、小さな滝があった。何百年も前の姫君と騎士も駆け落ちするときは、ここを通ったかもしれない。こんな神秘的な空間で二人は何を語ったんだろうと思うと、ウットリ。兄さまがクスクス笑ってる。
「君が工房を追いだされたって聞いたときはすごく心配したけど、芥子乙女の生活はわりといい待遇だったんだね。変わらないでくれて安心した」
「芥子乙女の仕事は楽しかったし、お友達もいたから。イジワルな子もいたんだよ?」
「でも、君がへこたれず、純粋に育ってくれて嬉しい」
ロマンチックな地底の宮殿を歩いてると、つい、ほんとのことをたずねてみたくなる。
あなたは誰なの?
ほんとはヴィヴィ兄さまじゃないんでしょ?
でも、それを言うとこの人は行ってしまいそうな気がして、口元まであふれそうになる言葉を何度も抑えた。
兄さまの瞳のなかにも、なんだか、ためらいがあるように見えた。笑っていても、心の底に迷いがあるような?
何度かコウモリの襲来からわたしをかばってくれたけど、そのたびに抱きよせた肩をすぐに離してしまう。なんとなく、その仕草がわざと距離をとってるみたいに見えた。
「兄さま……あのね」
思わず、ほんとはわたしが気づいてるって言いだしそうになったときだ。わたしたち二人しかいないはずの闇のなかで、話し声が響いた。兄さまの行動は素早い。わたしの手をひいて、サッと岩壁のくぼみにもぐりこむ。入口にバツ印のついた枝道のなかだ。
そのすぐあと、わたしたちのあとから数人の足音が近づいてきた。兄さまは急いでロウソクの火を吹きけす。
すると、わたしたち以外のもっと明るい光が暗闇を照らした。手に手にカンテラを持った男が一列にならんで歩いていく。先頭の男はフードつきの長いマントをかぶってるので、顔が見えない。ベルディナル子爵? なんとなく体格が違う気もした。でも、ベルディナル子爵の一味だってことは、ひとめでわかった。男たちは大きな麻袋をかかえてる。この前、ヴェネルティア神殿から盗みだされたばかりの芥子粒だろう。
彼らはわたしたちに気づかず、目の前をよこぎっていく。よかった。見つかってたら、きっと殺されてた。
兄さま。今日はもう帰りましょう。これ以上、ここにいるのは危ないよ。わたしたちが殺されちゃったら、父さまも助けられない。
そう言いたいけど、洞窟のなかの声はやけに響く。現に男たちの会話も反響しつつ、ここまで届いてきた。
「ひゃー。こんな細道、両手ふさがってちゃ通れないぜ」
「すげぇ崖だな」
「こんなとこから落ちたら、ひとたまりもねぇな」
どうやら、前方に崖があるらしい。
「おまえたち、グズグズするな。急ぐぞ」
あれ? リーダーとおぼしき人の声が、いつものベルディナル子爵じゃない。若い男の人だ。キレイなテノールは悪人にはふさわしくない澄んだ声。
彼らの気配がだいぶ遠ざかった。このくらい離れれば、こっちの音も光も届かないだろう。
カチカチと音がして、ロウソクの火がつく。
「兄さま。帰ろう」
ところが、兄さまは端麗なおもてをくもらせている。
「君はここで待て。あとをつけてみる」
「待って。兄さまが行くなら、わたしも行く。ひとりぼっちはイヤ」
「……わかった」
兄さまの険しい表情。
理由はなんだろう?




