4話 父の工房
そのあと、もちろん、わたしは弁明した。わたしじゃないと主張した。でも、芥子乙女リーダーであるエメベラの信頼はくつがえせなかった。仲のいい友達とお別れのあいさつさえできず、手荷物だけまとめて、神殿の裏口から追いだされた。ポイっと。それはもう紙クズみたいに、かんたんに。
ヒドイ。まだ朝食も食べてなかったのに。今朝は月に一度の蜂蜜とパンケーキの日だったのに! あーあ。食べたかったな。蜂蜜バターパンケーキ……。
とにかく、お腹がすいたので、父の工房へ帰ることにした。女のわたしが帰っても、きっと、いい顔はされないだろうけど、なんと言っても、あそこは父が築いた工房だ。わたしにとっては自宅なわけで、住む権利はある。以前どおり雑用の手伝いをしつつ、どこか近くで働けるところを探そう。女でも働けるとなれば、やっぱりお針子かなぁ? 裁縫は絵ほど得意じゃないけど、手先は器用。よし、行ける。
そう思ってたのに、工房に帰ると、まったく予想もしてなかった事態になっていた。
表口はみんなが絵の制作をしてるだろうから、裏口の戸口をそっと叩く。一番下っ端の弟子の誰かが台所仕事をしてるだろうと考えたのだ。以前なら、わたしより一つ年下のセルディアがそれだったんだけど、あれから三年たったから、今なら新しい弟子が入ってるかもしれない。わたしを知らない人だと話がすんなり運ばないかも……。
不安なわたしの前でひらいた扉から顔を出したのは、見たこともない女の人だった。年齢は七つか八つ上のようだ。雇われた下女にしては派手な化粧をして、およそ工房の女らしくない。
「あの……新しく雇われた人ですか? わたし、ここの娘です。わけあって神殿から帰ってきたので、なかへ入れてください」
すると、女の人は険しい目つきで立ちふさがった。
「娘? 何言ってんの? ここはわたしのうちなんだけど? 物乞いなら用はないよ。さっさと行っておしまい」
「だって、ここはアウロラ工房でしょ? だったら、父の工房よ」
「寝ぼけたこと言ってんじゃないよ。ここはクノルエ工房よ。あたしの亭主が親方なんだからね」
「クノルエ工房? クノルエさんはたしかに父の一番弟子だけど、工房を継ぐのは従兄弟のヴィヴィエラ兄さまよ。クノルエさんに親方になる資格なんてないわ」
「はん。ふざけたガキだね。ちょっと、あんた。あんた、来てよ。頭のおかしいガキが自分の家だって、しつこいんだけど」
呼ばれてやってきたクノルエさんは、わたしの顔を見て、あからさまにうろたえた。
「お嬢さま、なんで……いや、なんでもいい。今さら帰ってこられても、このとおり、ここは私の工房ですよ。あなたの居場所はありません」
「ふざけてるのはあなたたちよ。父さまは自分のあとをヴィヴィエラ兄さまに継がせるって、ハッキリおっしゃったわ。あなたがいくら一番弟子だからって、勝手に工房を自分のものになんてできないのよ」
「親方がおっしゃってたのは、ただの口約束です。そもそも、そのヴィヴィエラさまだって、何年も音信不通ではありませんか。いずれ旅の空で亡くなったのですよ。私は工房の存続のために自腹を切って、工房の株を買ったのです。ほら、権利書もこのとおり」
目の前に書類がつきつけられる。さわぎを聞いて、ほかの弟子たちも集まってきた。みんな困ったような顔をして、誰もわたしを助けてくれない。
「そら、もういいだろ。どっか行ってくんな!」
クノルエさんの女房という人につきとばされて、派手にころんだ。石畳で体を打って、あちこちが痛い。バタンと扉が閉まり、それっきり、ひらかない。
だまされたんだ。わたしを芥子乙女にしておいて、そのあいだに工房を乗っとるつもりだったんだ。ちゃんとした手続きなら、父の娘であるわたしに工房の権利代も土地や建物の譲渡金も、いっさい入ってこないわけがない。役所から連絡が来て、わたしが売り渡すって契約書に署名しなきゃ他人のものになんてならないはずなのだ。最初から、わたしをていよく追いはらうつもりだったに違いない。
悔ししさに涙がこぼれおちた。大好きだったお父さまの魔法絵。それらを生みだした工房。何もかもを奪われた。それも、父がもっとも信頼してた一番弟子に。




