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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
八章 あの日、ほんとは誰だったのか?

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39話 兄さまじゃない?



 わたしが呆然としているあいだに、するりと手をほどいて、兄さまは行ってしまった。


 兄さま? 兄さまじゃない?

 あっ、そうか。きっと、わたしの位置が反対だったんだ。今は右手をにぎってたから、見えたのは兄さまの左半分。子どものころ泣きぼくろを見たのは右だったんじゃ?


 兄さまの真正面から見た顔を思いだそうとするけど、ちょっとあやふや。でも、でも、気のせいじゃなければ、やっぱり左側にほくろだった……ような? わたしの記憶違い?


 そうだ。うん。きっと、わたしの覚え違い。

 だって、あれが兄さまじゃないなら、誰だっていうの?


 混乱してたせいで、階段をあがってフラフラ歩いてるところを紺の巫女に見つかってしまった。


「あなた、巫女ではありませんね。なぜ、こんなところを歩いているのですか? 神殿内部は巫女か芥子乙女しか立ち入れないのですよ」

「す、すみません。迷ってしまって。芥子粒を買いに来たんです」

「何をどうやったら、こんなところまで迷えるの? でもまあ、いらっしゃい。エントランスホールはこっちです」


 よかった。わたしが追放された芥子乙女だって知らない人だったみたいだ。紺の巫女は元芥子乙女がなる人だけじゃない。雑用のために外から雇われてくる大人もいる。だから、わたしを知らなかったみたい。助かった。


 エントランスホールまでつれてってもらって、受付にいるエムラを見つけた。友達に会えるって幸せ。


「エムラ。新しい種、収穫したよね? 買いに来たよ」

「いいのあるよ。サリエラだから特別に安くしてあげる」

「ありがとう。今日はたくさん欲しいんだ。店主のガルシニエさんから、いっぱいお金渡されたしね」

「おおっ、スゴイね。どれくらい欲しいの?」

「質のいいのを麻袋大で二つかな。実は自分で見てみたい」

「じゃあ、保管庫に行く?」


 ハッ。嘘でしょ? この流れで地下貯蔵室に行けるなんて。なんだ。最初から、こうしとけばよかった。ていうか、わたし、すっかり忘れてたけど、芥子粒の在庫数、確認してなかった。暴漢から逃げだすのに必死で。


 もうこのへんには兄さまの姿もベルディナル子爵の姿もない。あれがほんとに兄さまなのか、違うなら誰なのか、また混乱しそうになったけど、とりあえず、今は考えるのよそう。たぶん、答えは見つからない。


 今度はエムラについてきてもらったから、なんの問題もなく地下室へ入れた。カンテラの明かりで見ると、貯蔵室は見覚えのあるままだ。まんなかが階段。部屋を棚で四つに区切り、さらにそのなかで四つにわけてある。区画に一つずつ番号がふられてるので、一から十六区画だ。壁や棚に大きく記された番号を見れば、さすがのわたしでも迷わずに進めた。


「こっちの棚が今期の種だよ。今回、ちょっと少ないんだけど」

「そうなの?」

「収穫したときは、もっとたくさんだった気がしたんだけどねぇ」


 やっぱり、盗まれてるせいだ。ザッと数えてみたけど……ん? でも、神殿長の帳簿と数はあってるみたい。


 たとえば大袋から少量ずつ実をとりだして、全体の袋の数は変わらず、中身は減ってるって状態にできなくはない。とはいえ、袋はちゃんとパンパンで、ぬきとられてる感じじゃなかった。


 さっきのベルディナル子爵たちも袋ごと盗んでいったし、やっぱり、帳簿がごまかされてる。ザナヴィエさん、怪しい!


 このこと、兄さまに知らせないと。明日はジルブラン伯爵家に行かなきゃね……って、フィーリオは兄さまじゃないんだっけ。まあいいや。フィーリオに伝えれば、兄さまに知らせてくれるだろうし。


「じゃ、この袋とこの袋をもらうよ」

「さすが、お目が高い。最上級に近い実だよ」

「でしょ? 質はいいけど、粒がそろってないから、精製が難しい。だから、ちょっと値段は下がる。だよね?」

「この袋なら銀貨十枚ずつでいいよ。それと、オマケで売り物にならない実を小袋一つつけたげる」

「ありがと! そういうのでも練習用のオイルにはできるから、ありがたいよぉ」


 はしゃいでると、エムラが微笑した。


「よかった。神殿を辞めさせられて、落ちこんでるんじゃないかと思ってたけど、前より生き生きしてるね」

「だって、毎日が楽しいんだもん」

「わたし、ほんというと、サリエラに謝らなきゃいけないの」

「何を?」

「あの日……じつは、わたしも見たんだよね」

「えっ?」


 エムラの口から、思いがけない言葉がもれた。

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