38話 暗闇の再会
抱きかかえられたあと、どこかの壁に押しつけられた。たぶんだけど、棚のすきまに入りこんだ?
息づかいが耳元でする。
暗闇で二人。甘い。兄さまの吐息って甘い。ドキドキ。ドキドキ——
あ、でも、今はそれどころじゃなかったんだっけ?
暗い明かりがこっちに近づいてくる。見つかったら殺される。
すると、強い力でうしろ側にスルッと押しだされた。棚の背面板がなかった! つまり、わたしたちは棚のすきまを通って、仕切られた廊下のうしろ側へ移動した形。そこから大きな箱のかげに隠れる。光がこっちに来たときには、わたしたちを見つけることはできなかっただろう。
「ベルディナル子爵さま。誰もいません」
「バカッ。こんなところで、おれを呼ぶな。サッサと出るぞ」
男たちはいくつかの麻袋をかかえて逃げだしていった。
「……やっぱり、そうか。ベルディナルが抜け荷を指揮してるのか」
暗闇で聞く兄さまの声。安心して全身の力がぬけていく。
「ヴィヴィ兄さま……」
「サリー。なんだって、君はこんなところに?」
山中で芥子粒を密輸出してる男たちを目撃した話をすると、兄さまはうなった。
「この件にはもうかかわるな。女の子が関与するには危険すぎる」
離れていきそうな気配を感じる。あわてて、ギュッと服をにぎった。
「待って。じゃあ、なんで兄さまはここにいるの? ジルブラン伯爵家に忍びこんだり、おかしいよ。兄さまは何を隠してるの?」
「……」
「この前、クノルエがベルディナル伯爵と話してるのも聞いたよ。父さまが生きてるかもしれないんでしょ? ねぇ、だから、兄さまは旅に出たの?」
嘆息のあと、兄さまはささやいた。
「十年前、師匠が……君の父上が亡くなったとクノルエが言ったとき、どうしても信じられなかった。だから、それとなくさぐっていたら、アイツの挙動に不審な点が見つかった。夜中に師匠がつれだされたとき、自分の足で歩いていた。しかも、クノルエともう一人に両側をはさまれ、目隠しをされてたと。病気で倒れたなんて嘘だ。きっと、どこかに監禁されて生きている。そう信じて、行方を探すために旅に出たんだ」
「やっぱり、そうだったんだね」
「でも、まさか、私がいないあいだに、クノルエのやつが君を追いだしてしまうとは思ってなかった。すまない。やつの不正の証拠を見つけだして、必ず工房をとりもどすから」
やっぱり、ヴィヴィエラ兄さまだ。兄さまが帰ってきたんだ。
「だからって、十年は長いよ。もう会えないかと思った」
涙があふれて止まらない。すがりつくわたしの髪を兄さまの手がなでる。なつかしい匂い。でも、なんだろう。前はあんなに安心したのに、今は少し落ちつかない。兄さまが急に大人になったからかな。心臓がやけにバクバクしてる。
「兄さまが生きててくれて、よかった。母さまも父さまもいなくなって、この上、兄さままで帰ってこなかったら、わたし……」
「すまない」
「ジルブラン伯爵家にいるのはなぜなの?」
「えっ? ああ、フィーリオか。あれは私の兄弟だよ。そっくりだろう?」
「……兄さまって兄弟いたの?」
「別々に育ったんだ。事情があって」
ということは、フィーリオさんと兄さまは別人ってことね。変装してるのかと思った。
「もう行かなくちゃ。サリー。また会おう」
「待って。絶対にムチャしないで」
「わかってる」
兄さまが立ち去ろうとする気配に、甘い気持ちはとつじょ、ぶっとんだ。ロマンチックにひたってる場合じゃなかった。現実が重くのしかかるぅー!
「待って。待って」
「でも、ベルディナルのあとをつけないと。まだまにあうかもしれない」
「そうじゃなくて。わたし、一人でここに残されたら、たぶん、絶対、迷っちゃう」
「……」
しばらくしてから、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。きゃー。兄さまに笑われた。バカみたいって思われた? 恥ずかしいぃー。
「おいで」
兄さまの手がわたしの手をにぎる。一歩前を歩いていく。子どものころにも、よくこうしてくれた。手をつないで歩いた街路。子どものわたしの歩幅にあわせて、ゆっくり、ゆっくり歩いてくれた。見あげると、この上なく美しいよこ顔。神殿の天使の像みたい。
地下室の階段が見えてきた。地上の日差しがななめにさしこんでくる。深い海底を照らす光の筋のよう。雲間からこぼれる天国への階段。
今度、兄さまに会えるのはいつだろう? ジルブラン伯爵家へ行けば会えるのかな?
そう思って、なにげなく兄さまをふりあおいだわたしはハッとした。子どものころ、見あげたよこ顔。その目元には、うっすらと小さな泣きぼくろがあった。
でも、今、それがない……。




