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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
七章 神殿長の秘密

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38話 暗闇の再会



 抱きかかえられたあと、どこかの壁に押しつけられた。たぶんだけど、棚のすきまに入りこんだ?


 息づかいが耳元でする。

 暗闇で二人。甘い。兄さまの吐息って甘い。ドキドキ。ドキドキ——


 あ、でも、今はそれどころじゃなかったんだっけ?

 暗い明かりがこっちに近づいてくる。見つかったら殺される。


 すると、強い力でうしろ側にスルッと押しだされた。棚の背面板がなかった! つまり、わたしたちは棚のすきまを通って、仕切られた廊下のうしろ側へ移動した形。そこから大きな箱のかげに隠れる。光がこっちに来たときには、わたしたちを見つけることはできなかっただろう。


「ベルディナル子爵さま。誰もいません」

「バカッ。こんなところで、おれを呼ぶな。サッサと出るぞ」


 男たちはいくつかの麻袋をかかえて逃げだしていった。


「……やっぱり、そうか。ベルディナルが抜け荷を指揮してるのか」


 暗闇で聞く兄さまの声。安心して全身の力がぬけていく。


「ヴィヴィ兄さま……」

「サリー。なんだって、君はこんなところに?」


 山中で芥子粒を密輸出してる男たちを目撃した話をすると、兄さまはうなった。


「この件にはもうかかわるな。女の子が関与するには危険すぎる」


 離れていきそうな気配を感じる。あわてて、ギュッと服をにぎった。


「待って。じゃあ、なんで兄さまはここにいるの? ジルブラン伯爵家に忍びこんだり、おかしいよ。兄さまは何を隠してるの?」

「……」

「この前、クノルエがベルディナル伯爵と話してるのも聞いたよ。父さまが生きてるかもしれないんでしょ? ねぇ、だから、兄さまは旅に出たの?」


 嘆息のあと、兄さまはささやいた。


「十年前、師匠が……君の父上が亡くなったとクノルエが言ったとき、どうしても信じられなかった。だから、それとなくさぐっていたら、アイツの挙動に不審な点が見つかった。夜中に師匠がつれだされたとき、自分の足で歩いていた。しかも、クノルエともう一人に両側をはさまれ、目隠しをされてたと。病気で倒れたなんて嘘だ。きっと、どこかに監禁されて生きている。そう信じて、行方を探すために旅に出たんだ」

「やっぱり、そうだったんだね」

「でも、まさか、私がいないあいだに、クノルエのやつが君を追いだしてしまうとは思ってなかった。すまない。やつの不正の証拠を見つけだして、必ず工房をとりもどすから」


 やっぱり、ヴィヴィエラ兄さまだ。兄さまが帰ってきたんだ。


「だからって、十年は長いよ。もう会えないかと思った」


 涙があふれて止まらない。すがりつくわたしの髪を兄さまの手がなでる。なつかしい匂い。でも、なんだろう。前はあんなに安心したのに、今は少し落ちつかない。兄さまが急に大人になったからかな。心臓がやけにバクバクしてる。


「兄さまが生きててくれて、よかった。母さまも父さまもいなくなって、この上、兄さままで帰ってこなかったら、わたし……」

「すまない」

「ジルブラン伯爵家にいるのはなぜなの?」

「えっ? ああ、フィーリオか。あれは私の兄弟だよ。そっくりだろう?」

「……兄さまって兄弟いたの?」

「別々に育ったんだ。事情があって」


 ということは、フィーリオさんと兄さまは別人ってことね。変装してるのかと思った。


「もう行かなくちゃ。サリー。また会おう」

「待って。絶対にムチャしないで」

「わかってる」


 兄さまが立ち去ろうとする気配に、甘い気持ちはとつじょ、ぶっとんだ。ロマンチックにひたってる場合じゃなかった。現実が重くのしかかるぅー!


「待って。待って」

「でも、ベルディナルのあとをつけないと。まだまにあうかもしれない」

「そうじゃなくて。わたし、一人でここに残されたら、たぶん、絶対、迷っちゃう」

「……」


 しばらくしてから、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。きゃー。兄さまに笑われた。バカみたいって思われた? 恥ずかしいぃー。


「おいで」


 兄さまの手がわたしの手をにぎる。一歩前を歩いていく。子どものころにも、よくこうしてくれた。手をつないで歩いた街路。子どものわたしの歩幅にあわせて、ゆっくり、ゆっくり歩いてくれた。見あげると、この上なく美しいよこ顔。神殿の天使の像みたい。


 地下室の階段が見えてきた。地上の日差しがななめにさしこんでくる。深い海底を照らす光の筋のよう。雲間からこぼれる天国への階段。


 今度、兄さまに会えるのはいつだろう? ジルブラン伯爵家へ行けば会えるのかな?


 そう思って、なにげなく兄さまをふりあおいだわたしはハッとした。子どものころ、見あげたよこ顔。その目元には、うっすらと小さな泣きぼくろがあった。


 でも、今、それがない……。

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