37話 神殿の地下
まさかと思ったけど、ほんとに、このヴェネルティア神殿で不正がおこなわれてるのかも。
マジックポピーはわが国でしか育たない大切な国の宝物。国王陛下の許可なく外国へは売り渡せない。とくにオイルになる前の芥子粒は貴重だ。もしもだけど、特別な栽培方法が確立されるとかして、外国で栽培がうまくいったら、市場にたくさん出まわるようになって値崩れしてしまう。
もと芥子乙女として、絶対ゆるせない。
じゃあ、次は地下ね。帳簿に不備がないなら、じっさいに貯蔵された芥子粒が大幅に少ないはず。今は新しい実がとれたばっかりだから、数が多いとはいえ、誰も気づかないなんてことあるの?
地下への階段は神殿の中央にある。エントランスホールへ帰ると人目についちゃうから、このまま地下へ行ってみよう。
階段の前には芥子乙女がいたり、いなかったり。見張りを立てるまではしないけど、たくさん芥子粒が売れたときは貯蔵室までとりに行く。それに昼食が終わったら、掃除をする紺の巫女だっているはずだ。
近くまで行くと、思ったとおり、紺の巫女が一人、祭壇の像をみがいていた。もろに階段のほうを見てる。
あれじゃ忍びこめない……。
ここでも柱のかげから観察。神殿って太い柱がたくさんあるから、こういうとき助かる。
あっ、像の右脇をみがきだした。もしかして、この人、ぐるっと一回転するんじゃ? それなら、背中にまわった瞬間にかけこめる。足音は立てないように気をつけないと。
よし。行けた! 行けたよ。第一の関門突破。
地下かぁ。芥子乙女だったころも、あんまり地下へは来なかったな。せいぜい収穫した実を運ぶときか、売り子をしていて商品を補充するときくらい。オイルにする作業では、必要なぶんだけ紺の巫女が持ってきてくれたし。
ガランと広い地下空間。暗い。太い柱が等間隔にならんでて、そのあいだに大きな棚や箱がある。もちろん、なかみはマジックポピーの実。なかには乾燥させた花や葉なんかもあるけど、ほとんどは種だ。来季に育成する用の種と、オイルにして売る用のもの。用途別にわけて保管されてる。地下は温度や湿度が一定で、長期保存にむいてるんだって。
それにしても広い。暗いからよく見えないし。なんか……これはマズイんじゃ? わたし、迷わずに戻れるかな?
階段だけは見失わないようにしないとね! って、あれ? すでに、どっち?
ああっ、やっぱり迷った? わたしって、地図がわからない女!
一瞬、足がすくんだけど、そのとき、どっかから音が聞こえてきた。そういえば、わたしって、かなり音に敏感なんだなぁって、こんなときなのに妙に実感した。
あっちのほうだ。
誰かが品物を持ちだそうとしてるみたい。でも、変だ。なら、なんで明かりがついてないんだろう? こんな薄暗い地下で作業するなら、カンテラかランプは持ってくるはず。
なんとなく、イヤな予感。
すると——
「早くしろ。人が来たらどうする」
「へぇ」
ギクーッ。案の定だ。
この声は……もうすっかりおなじみになったあの男。ベルディナル子爵だ。マズイ。品物を持ちだそうとする瞬間にかちあってしまった。
これ、見つかったら確実に殺されるやつだよね?
ど、ど、どうしよう。えっと、どっかに隠れないと。よく見たら、ぼんやりとだけど、男たちのまわりだけ明るい。あれは明かりを持ってないんじゃなくて、人目につかないように黒い布をかぶせて光が広がらないようにしてるんだ。つまり、こっちに明かりをさしつけられたら、むこうからはわたしが見える。
隠れなくちゃ。棚と棚のあいだにすきまでもないかな?
あとずさったとたん、何かにぶつかった。派手にころんでしまう。
「誰だ!」
ああっ、最悪……。
わたしの人生、終わった。
地べたにつっぷしたまま、あきらめかけたときだ。急に、ふわりと誰かに抱きあげられた。
えっ? 誰?
いや、誰も何もこの香り。
ヴィヴィエラ兄さまだ!




