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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
七章 神殿長の秘密

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35話 神殿長の職務室



 ヴェネルティア神殿にはたくさんの芥子乙女や巫女がいる。でも、彼女たちは毎日、決まった時間で動いてるから、そのスケジュールさえ知ってれば、人目をさけて潜入するのは意外とかんたんだ。この時間だと、みんな昼食で食堂に集まってる。一番、自由に散策できる時間帯と言えた。


 調べるとして、まずはどこかなぁ? 何ヶ所か候補があるんだよね。芥子粒の収穫量や販売、マジックオイルにするため消費した量を管理してるのは神殿長だ。麻袋大八つ、または十もの量がとつぜんなくなったら、いくらなんでも神殿長は気づくはず。


 だとしたら、神殿長自身がこの件に関与してるの? 収支の帳簿を見れば、芥子粒の流れはわかる。まず、それを確認したい。


 それから、じっさいに芥子粒を保管してる場所。神殿の地下蔵だ。もしかしたら、帳簿には記載されず、誰かがコッソリ持ちだしてるかもしれない。もしそうなら、帳簿に書かれた数と、保管された数に誤差がある。


 帳簿を調べるなら、神殿長が部屋にいない食事の時間しかない。神殿長の部屋は職務室と寝室が二間つながってる。どっちにあるかな? もちろん、職務室だよね。


 勝手知ったるわたしはお客さんの姿が見えなくなったすきに、ササッと廊下を走っていった。エントランスホールの真反対。神殿の位置からいうと一番奥だから、けっこう疲れた。


 でも、幸い人影はない。予想どおり。しめしめ。これでまだ半刻は神殿長も帰ってこないはず。そぉっと扉をあけてのぞくけど、室内も無人。よし!


 泥棒になった気がしてドキドキするけど、これは父さまを助けるための調査だから。悪いことしてるんじゃないから。


 あれ? ちょっと待って。泥棒? これって、はたから見たら泥棒してるみたいだよね? ていうことは、兄さまがジルブラン伯爵家に侵入してたのも、何かわけがあったのかな?


 職務室はそこまで広くないものの、大きなデスクや本棚がある。大事な帳簿は棚かな? それともデスクの引き出しかな? あれ? ふつうにデスクの上に立ててある。


 わたしが山中で抜け荷を運ぶ場面を見たのは、まだほんの数日前だ。あのときの芥子粒を用立てたのは、少なくとも今月中のはず。それより前なら、もっと早くに運んでるだろうし。


 というわけで、今月の頭から帳簿を見ていく。けど、変だなぁ。収穫量と販売や精製してなくなった量との収支はあってるみたい。スケッチ用に持ち歩いてる手帳に鉛筆で数字を写しておく。


 ハッ。遠くのほうがざわついてきた。みんなの食事が終わったんだ。急いで部屋から出ていかないと……と思ったときには、もう遅かった。カツカツカツと足音がしたと思うと、いきなり扉がひらいた。わたしはあわててデスクの下にしゃがみこんだ。相手はまだ気づいてない。


 ど、どうしよう?

 こんなとこ見つかったら、追放ていどじゃすまない。今度こそ出入り禁止にされちゃうかも。それは困るなぁ。芥子粒は買いたいし、友達にも会いに来たいよ。


 どうか、神殿長、職務室じゃなく、寝室へ行ってくれますように。

 願いもむなしく、足音はデスクのほうへ近づいてくる。デスクの席にすわろうとされたら、下にもぐりこんだわたしは一発で見つかっちゃう。困った。困った。どうしよう。


 ドキドキしながら息をひそめてると、なぜか神殿長は椅子にはすわらなかった。デスクのそばまでは来たけど、卓上の何かをカチャカチャしてる。たぶん、インク壺のふたをあける音だ。それから羽ペンを手にとって、カリカリと書きこむ音。


 なんだろなぁ? なんで仕事ならすわってしないんだろう? 変だなぁ。そんなに急いでメモしときたいの? それとも……?


 なんとはない違和をわたしが感じていると、外からまた足音が近づいてきた。卓上で書きこんでいた人はあわててペンを置いて、外へ出ていく。

 やっぱり変だ。この人、わたしと同じだ。勝手に忍びこんでおかしなことをしてる。神殿長じゃない。いったい誰なの?


 急いでデスクの下から顔を出して、その人物をながめた。出ていくところが見えた。たとえうしろ姿でも、それが誰なのかわかる。


 エメベラさまだ。

 貴族のお姫さまが神殿長の職務室に忍びこんで何をしてるの?

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