32話 アンナの青い瞳
大変な現場を目撃してしまった。たぶんだけど、あの人たちはマジックポピーを隣国へ不正に渡してる。あのロバ全部に乗せてたとすれば、全体としてはかなりの量だ。個人であの量を買いしめれば、ヴェネルティア神殿で有名になってないわけがない。
わたしがいたころ、あんなに大量に買う人はいなかった。本職の絵師だって、一度に買うのは麻袋一つで充分だ。それで一ヶ月はもつ。
あんなにたくさんのマジックポピーをどうするんだろう? とうぜん、マジックオイルにして魔法絵の具を作る原料にする……以外に使い道はない。でも、外国じゃ魔法絵師そのものがいないはずなんだけどな。
気になってしかたなかったけど、その日は疲れて帰るとすぐ寝てしまった。正確に言えば、帰ってご飯を食べたあとすぐ。
翌日からはいよいよアンナの絵の製作だ。スケッチはたくさんしてあるから、あとは色を塗るだけ。
自分でとってきたアズライトをこまかく粉になるまでくだき、マジックオイルとねりあわせる。苦労したぶん、絵の具じたいがいつもよりいい出来になった気がする。明るい発色の澄んだ青。これだ。アンナのサファイアの瞳。深いけれど透明な海の色。
納得のいく絵が描けた。さっそく、依頼主オーディトルさんの屋敷へ持参した。
「アンナちゃんの絵ができました」
「もうできたのね。アマベラがそれはもう楽しみにしてましてよ。さあ、あの子に見せてあげて」
「はい」
貴族の館ほどじゃないけど、すごく豪華なお屋敷のなか。たぶん、一人だったら迷ってるんだけど、奥さまが案内してくれたから助かる。
アマベラちゃんの寝室。昼なのにカーテンがひかれ薄暗い。以前よりさらに青ざめた顔の病弱な少女が絹のとばりに覆われた寝台によこたわっている。お金持ちでどんな贅沢でもできるけど、健康はお金じゃ買えないんだね。子どもなのに、かわいそう。
扉がひらいた物音で、アマベラちゃんは目をさました。わたしを見て、青い瞳が輝く。ずっと心待ちにしてたんだと、その目の輝きを見ただけでわかった。
「可愛いアンナが描けましたよ」
「見せて、見せて」
アマベラちゃんは半身を起こすのも苦しそうだった。それでもお母さんの手を借りて、ベッドの上に起きあがる。布をかけた絵を渡すと、お人形のアンナを抱きながら、自分の手でその布をめくる——
布がとれた瞬間、お人形のアンナと絵のアンナが重なり、一つになったように見えた。わたしの絵のほうが本物より小さかったけど、溶けこむように一体になった。そして、アマベラちゃんの手を離れ、ベッドの上でくるりとひとまわりして、おじぎする。
「アンナ!」
「アマベラ!」
お人形は少女の手の内に戻り、小さな子どものようにしがみついた。
「アマベラ。いつも、遊んでくれて、ありがとう。あたし、アマベラ大好き」
「わたしもだよ。わたしもアンナが大好き」
「ずっと、いっしょ。ずっと、お友達」
「うん。ずっといっしょにいてね。わたしのたった一人のお友達。アンナ……」
抱きあったまま時間がすぎた。いつもの白い光に包まれて、アンナはもとのお人形に戻る。つるりとなめらかな陶器の肌に、笑みをふくんだ口元。ただその青い瞳にはたしかに魂が宿っている。言葉には発さなくても、いつも少女を見守っている。
「あのね。お母さま」
「まあ、なぁに?」
「わたしが死んでもね。アンナがいるよ。アンナをわたしだと思って、可愛がってね」
「アマベラ……」
アマベラちゃんは大人になるまでは生きられないのかもしれない。本人もそれを自覚してるのか。アンナと話したいと言いだしたのは、ほんとは自分のためではなく、自分がいなくなったあと、お母さんがさみしくならないように……という思いからだったのかもしれない。アンナには魂があるから、自分の代わりにアンナを娘と思って可愛がってほしいと。
アマベラちゃんの顔色を見ていて、そんな考えがふと脳裏をよぎった。でも、まだそれは確定じゃない。
すごくいいお医者さんが見つかって、すっかり元気になる可能性だってあるんだし。
どうか、どうか、この優しい女の子が一日でも長く生きてくれますように。できれば大人になって、今度は自分の娘といっしょにアンナを大切にしてほしい……。




