30話 マクシミリアンさんとの約束
体がフワッと宙に浮いて、一瞬、空を飛んでるような感覚。
もうダメだ。わたし、ここで死ぬんだ。いや、死なないかもしれないけど、死にそう。
兄さま。助けて!
すると、誰かの手がわたしの腕をつかんだ。
兄さま? 兄さまなの?
……違った。マクシミリアンさんだった。
「しっかりしろ。おれの手をつかむんだ」
「ふぁい」
必死で手をにぎりかえす。その瞬間、ぐいっと強い力で持ちあげられた。岩棚に足がついていた。マクシミリアンさんがしっかり支えてくれてる。
「あ、あ、ありがとう……ございます」
死んだかと思ったよ。
こういうときは頼りになるね。マクシミリアンさん。だてに筋肉じゃない。
「あのぉ、ここは?」
下から見たら断崖絶壁だったのに、目の前に小さな洞穴がある。下からは見えなくなってるみたい。ほんとにせまくて、わたしですら、かがんでじゃないと入っていけない。
「ここにアズライトがある。おれだけが知る秘密の鉱脈だ」
かがんでもぐりこんでいくと、奥の壁がところどころ緑色になっていた。
「これはマラカイトだ。アズライトが空気にふれると変色してマラカイトになる。だから、アズライトとマラカイトはたいてい同じ場所から出てくる」
しばらく二人で掘ってみた。マラカイトは少量とれるけど、青色の岩石は出てこない。
「最初はこの壁の表面が緑だったから掘ってみた。アズライトがとれるとわかって、掘りすすんだのが、この洞穴だ。いつくずれるかもわからん。危険だから、ふだんは人をつれてこないんだが」
「じゃあ、なんで、わたしはつれてきてくれたんですか?」
「……試したんだ」
「試した?」
「おまえの魔法絵にかける情熱が本物かどうか」
「えっ?」
わけがわからず、マクシミリアンさんの顔を見つめた。わたしって試されるほど、嘘っぽかったんだ?
「……えっと、頭突きしてもいいですか?」
マクシミリアンさんはすごく背が高いけど、二人ともかがんでるから、今なら、いい位置からアゴを狙える。マクシミリアンさんは苦笑した。
「いやいや。おまえが絵を描くのが好きなのは見てればわかった。だが、ただ好きなのと、命をかけてでもっていうのは違う」
「まあ、そうですね。わたしもさっきまで、これが絵師の仕事なのかって不思議だったので」
「でも、おまえは来た」
「来ましたね」
「なぜだ?」
「だって、アマベラちゃんに一番いい絵を見てもらいたいじゃないですか」
ふいにマクシミリアンさんの大きな手がおりてきて、わたしの頭をポンポンと二回ほどたたいた。
あれ? なんだろう? なんだか嬉しい?
そうか。マクシミリアンさんって、お父さんみたいなんだ。大きくて安心できるっていうか。
思いきって、これまでずっと気になってたことをたずねてみた。
「マクシミリアンさんは絵を描かないんですか?」
「……」
マクシミリアンさんの顔に苦い表情が浮かぶ。
「おれには魔法絵の才能がないんだよ。それなりの絵は描けるが、奇跡を起こせない」
「そうなんですか……」
魔法絵の才能はほんとにかぎられた人にしかないものだ。それも、外国では魔法絵じたいがないっていうから、この国のなかのごく一部だけ。はるか古代にかわした、女神ヴェネルティアとの契約のせいだっていうけど、ほんとかな?
「おまえの才能は本物だ。いいか? 約束だ。絶対にあきらめるんじゃないぞ。おまえは一人前の魔法絵師になるんだ」
「約束します」
そうか。たぶん、マクシミリアンさんには、わたしが自分の才能に浮かれてるように見えたんだ。わたしの決意が甘いんじゃないかって。
絵師になりたいって願いは、わたし一人のものじゃない。父さまと母さまの思いも重なってる。若くして亡くなった母さまのぶんも、弟子のクノルエさんにだまされて、どこかへつれていかれた(?)父さまのぶんも、わたしがたくさんの魔法絵を描いて、やっぱりルフィーリエ家の工房は世界一だって世間に認めてもらうんだ。絶対にどんな障害があってもあきらめない。そして、いつか父さまの行方もつきとめてみせる。
このとき、わたしの決意はたしかなものになった。




