28話 求める青
……うまくいかなかった。
プルシアンブルーもあざやかな青だけど、あの人形の瞳の色を表すには何かが違う気がする。
試しにほんの少しだけ魔法絵の具にして、人形の目元を描いてみた。が、奇跡は起こらなかった。試作品とはいえ、心はこめたつもりなんだけど、それでも魔法が発生しなかったのは、やっぱり、何かが違うと感じたわたしの気持ちが影響したのかもしれない。
あの人形の瞳。透明に澄んだ濃いブルー。宝石ならではの硬質な美しさだった。あの質感を絵で表現するのは画家の技術だとしても、魔法絵として成立しないのは、魔法絵の具が今回の魔法にあわなかったからだ。
「やっぱり、あの宝石の輝きには鉱石の顔料なんですよね。魔力はそこに宿ると思うんです!」
思わず立ちあがってしまった。今日もまた夕食の席なり。今日は鱈のパイ包み焼きとトマトソースのパスタ。マクシミリアンさん、ほんと、何作っても上手だなぁ。もはや嫁にしたいレベル。
「あ、すみません。つい興奮しちゃって……」
「……」
今日は無言か。そうだよね。マクシミリアンさんがしゃべることじたい奇跡なんだ。
と思ってたら、なんと、奇跡が二夜も続いた。
「どうしても鉱石の顔料でやりたいのか?」
「は、はい。でも、ラピスラズリは高すぎて手が出ないです」
そう。あれは宮廷画家か、それに匹敵する人たちしか使えない特別な鉱石だ。ラピスラズリじたいが宝石として珍重されてるんだから。
「ラピスラズリはうちでも仕入れないことはない。数年に一度、師匠に頼まれて採掘に行くんだが、今は切らしてる」
「採掘? だって、遠い外国でしかとれないんですよ?」
「だから、行くには数年がかりだ」
「なるほど」
でも、それじゃ、今回の依頼にはまにあわない。パン屋さんのとき一ヶ月ではたりなかったので、もっと長い期間が欲しかったんだけど、病気がちなアマベラちゃんを待たせるのは酷な気がした。早く仕上げて、風邪を治してもらいたい。一日でも早く元気づけてあげたい。だから、やっぱり今回も期間は一ヶ月だ。何年もかけて鉱石をとりにいってる場合じゃない。
すると、マクシミリアンさんが言いだした。
「……どうしても鉱石を使いたいというなら、アズライトはどうだ?」
「アズライト?」
工房の娘に生まれて、ひととおりの顔料の材料は知ってるつもりだった。でも、アズライトは聞いたことがない。もっと正確に言えば、鉱石としては聞いたような気もする。でも、それが顔料になると知らなかった。
「アズライトはおもに東洋で使われてる顔料の材料だ。岩群青というらしい。銅の一種だから、やわらかくて砕きやすい」
「色は?」
「ウルトラマリンに劣らず、あざやかだ」
「でも、東洋の顔料でしょ? かんたんには手に入らないんじゃ?」
マクシミリアンさんが笑ったので、ちょっとドッキリした。笑うと爽やかだなぁ。ヒゲさえそれば、けっこうなハンサムなのに。
「少量なら採掘できる場所が近くにある」
「ほんと?」
こっくり。
「わたし、行きたいです」
「なかなか険しい場所だぞ?」
「それでも、行きたいです」
「では、明日だ」
「わかりました!」
東洋の顔料か。どんな色になるか楽しみだなぁ。
翌朝。いつもより早く起きたわたしは、マクシミリアンさんといっしょに出かけた。
「マクシミリアンさんは毎日、こういう仕事をしてるんですね?」
「……」
あれ? 急にまたダンマリか。絵の具のことはあんなにしゃべってくれるのに。
「と、とにかく、案内よろしくお願いします」
「……」
街外れまでは乗合い馬車。そこから、市場帰りの農家のおじさんの馬車に乗せてもらった。馬車っていうけど、ひいてるのはロバ。トロトロと歩いていく。
「うわー。牧歌的ですねぇ。わたし、街から出るの初めてなんですよぉ。十二でヴェネルティア神殿に入ったから」
「……」
ちなみにマクシミリアンさんは徒歩だ。馬車のあとをせっせと歩いてついてくる。ちょっと距離があって会話が進まないなぁ。
きれいな田園風景。
近くの村から来たって言ってた芥子乙女仲間のシンシアとか、ヨルヴァはこのへんの出身なのかなぁ?
二つ三つの村を通りすぎたころ、山が見えてきた。
「あれに登るぞ」
「えっ? あれ?」
山登りか……。
馬車とはここでお別れ。このさきは徒歩だ。




