27話 特別な顔料
ふふふ……。
パン屋さんの依頼がうまくいって、毎日おいしいパンをもらえて幸せ。
さらに言えば、ジルブラン伯爵家での評判を聞いて、新しい依頼者が来てくれたんだ。子猫のシャーリーン。可愛く描けたもんね。
「うちの子は生まれつき体が弱くて、激しい遊びはできません。ですので、お友達がいないのですよ。かわりにお人形をあたえていますがね」
と説明してくれたのは、依頼主のオーディトル夫人。宮廷御用達の大きなお店をかまえる裕福な宝石商だ。ジルブラン伯爵家へも商売の関係で出入りしてるんだとか。
「近ごろ、いよいよ、ぐあいがよくないのですの。毎年の夏風邪だとは思うのですが。それで、アンナとお話がしたいと、しきりに言うのです。どうか、あなたにその願いを叶えてやってほしいと思いましてね」
さすが裕福な商家の奥さま。貴婦人にひけをとらない豪華なドレスときらびやかな宝石を身につけている。わざわざ自身でたずねてくるなんて、よほど娘さんが大事なんだな。
「そのアンナというのは? ペットですか?」
「いえ。お人形ですわ。主人が人形職人に頼んで作らせたビスクドールですのよ」
ビスクドールか。精巧なやつだと人物画と同じくらい難しいよね。でも、病気で動けない子どもの願い、なんとしても叶えてあげたい。
「わかりました。やってみます。そのさい、お人形をじっさいに見させてもらいたいです。スケッチもしたいので、お屋敷を訪問させてもらえますか?」
「よいでしょう。これから、わたくしといっしょにおいでください」
順調すぎて怖い。
さっそく街の北東にあるお屋敷へつれていかれた。今回は依頼主の馬車に同乗させてもらったから速いし、乗り心地いいのなんの。お屋敷も貴族の館と遜色ない。花盛りのお庭。白大理石の床や柱。たくさんの高価な置物。
娘さんのアマベラちゃんにも会った。可愛い子なんだけど、顔色がすごく悪い。青白くて、やせている。
枕元にアンナはいた。アマベラちゃんに似せて作ったんだろう。可愛い顔立ちに亜麻色の巻き毛。笑みをふくんだ唇。何よりも印象的な特徴が一つあった。
「この瞳。すごく深い青色ですね」
「本物のサファイアを埋めこんでありますのよ。ロイヤルブルーのね」
よくわからなかったけど、どうやら最高級の深い青色のサファイアのことらしい。宝石屋だからこそ手に入った一級の宝石を娘へのプレゼントに使ったのだ。
「お姉ちゃん。わたしのアンナ、可愛いでしょ? いつもお話してるの。いっしょにお茶会をするって約束したのに、風邪をひいちゃって……」
「アマベラや。はしゃぐとあとで疲れますよ。さあ、おしゃべりはそのぐらいにして、もうお休みなさい」
「えー、まだ大丈夫なのにぃ」
遊びたい盛りなのに、ベッドに縛りつけられてるのはかわいそう。絶対、成功させよう。
そのためには問題がある。
高価な宝石を埋めこんだっていう瞳だ。こんなに深い青。そんなにかんたんに表現できない。
そもそも油絵の具っていうのは、天然の岩や鉱石をくだいて、ポピーオイルやリンシードオイルとまぜあわせたものだ。魔法絵用ならマジックオイル。色によって価値がかなり違うんだけど、青い絵の具ウルトラマリンに使われるラピスラズリは遠くの国でしかとれない。そのため、とても高価で貴重なものだ。
でも、このお人形を描くなら、絶対に青い瞳を美しく描かなくちゃ。
お店に戻ってから、顔料を調べてみたけど、ウルトラマリンはなかった。そりゃそうだよね。黄金より高価って言われるウルトラマリンだもんね。
父さまの工房にはラピスラズリの鉱石がかたまりで置いてあったけど、さすがに、あれを持ちだせばクノルエだって気づくだろう。顔料は消耗品だから、高価なものほど管理もしっかりされてるはず。
「うーん。どうしよう。ウルトラマリンのかわりになるほど鮮やかなブルーの顔料って……」
フタロブルーかプルシアンブルーだろうなぁ。フタロブルーは昔からある絵の具。プルシアンブルーはつい最近、外国で発見された合成顔料だ。えっと、塩化なんとかとなんとか鉄酸をまぜてなんとか……要するに、ちんぷんかんぷん。すでに顔料になった状態で流通してる。わりと安価なので、これを使う画家も増えてきた。
「うーん。どうしよう」
ちなみに夕食の時間だ。今日はウサギ肉のソテーとニンジンのスティック。野菜スープつき。仕事から帰ってきたマクシミリアンさんが作ってくれた。
「手に入りやすいブルーならフタロかプルシアンだろう」
めずらしい。マクシミリアンさんがしゃべってる。
「でも、ウィリアムさんに毎日、マジックオイルを渡してるから、わたしの使える予備があんまりないんですよね。ムダにはできないから、試し書きするにしても、的をしぼりこんでからじゃないと。フタロブルーの顔料って、原料はなんでしたっけ?」
「動物の血だな」
「血? ダメー! そんなの絶対ダメ。魔法絵にそんなの使ったら魔力が濁るよ」
「じゃあ、プルシアンブルー。あれなら化学合成物だ」
「うーん。それしかないですよねぇ」
「……」
やっぱり、一回試してみるしかないか。




