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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 魂の宿る場所

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26話 母の道具



 母さまの精製機をとりもどした。使ってないあいだも誰かが手入れをしてくれてたみたいで、ホコリもかぶらず、いつでも使える状態だ。


 なんだか、なでてみるだけで、あったかい気持ちになる。とくに石臼をまわすハンドル部分は、何度も母さまがにぎったところだ。母さまの手に自分の手を重ねたような心地さえする。その精製機を使うようになってから、マジックオイルの質もぐんとあがった。


「サリー! やっぱり君は女神だな。いや、もともと女神だったんだが、最近、どうしたんだ? ここ二、三日のオイルで作った絵の具、これまでと仕上がりがぜんぜん違う。同じ白でも透明感があるし、筆なじみがいい。おかげで筆が僕の指の一部みたいに、なめらかに動くんだ。もう六本めの指だよ」


 なんて、ウィリアムさんにすこぶる評判がいい。


「きっと機械に残ってる母さまの思いがあるからだよ。姿は見えなくても、わたしを見守ってくれてる。そんな気がする」


 それで、いいことを思いついた。パン屋さんの依頼期限の日。わたしは一枚の絵を持っていった。今回も0号。お店が閉店したあとなので夕方だ。


「約束の絵。持ってきました」

「ありがとねぇ。どんな絵になったんだい? 楽しみだよ——あんた、ユーリア。来ておくれな。絵描きさんが来てくれたよ」

「あの、最初にお断りしておきます。今回、魔法絵の奇跡は起こると思います。ただ、お求めだった絵とはまったく違うものになってしまいました。わたしの今の技量ではこれが精一杯で。でも、もっと練習して、必ずご依頼の肖像画も描きますから」

「へえ?」


 おばさんは首をかしげてる。ワクワクしたようすでやってきたユーリアちゃんやおじさんがすわるのを待って、わたしはその絵を店のカウンターにたてかけた。いつものように白い布で覆ってある。


「おばさん、布を外してください」

「あたしがかい?」

「ユーリアちゃんに見てもらうために描いたんだけど、たぶん、おばさんのほうが記憶が明瞭めいりょうだから」


 魔法絵は人の記憶を形にするもの。でも、今回、わたしが描いたのは……。


「じゃあ、めくるよ」


 おばさんが椅子から立ちあがって、絵のよこに立つ。おじさんとユーリアちゃんもとなりに立った。おばさんのゴツゴツした手が白布をめくる。毎日、小麦をねってパン種を作り、丸めてならべ、オーブンで焼いて——そういう作業をやり続けてきた働き者の手だ。


 白布の下から現れたのは、小麦をねるためのボール、泡立て器、麺棒。パン屋で使う道具だ。それも、この店に昔からある古い道具。ユーリアちゃんのお母さんも絶対に使ったはずのもの。


 布がとりはらわれた瞬間、誰かの手が出てきて、それらの道具をつかんだ。小麦と卵をボールにあける。おばさんの手に似てるけど、皮膚の感じからいって、もっと若い女の人だ。


 おばさんはハッとしている。手だけで、それが誰なのかわかったらしい。


「エマリア……」


 すっとおばさんの頬をひとすじの涙が流れる。ユーリアちゃんがおばさんの手をにぎった。


 奇跡の最中の絵のなかでは、手元の大写しからじょじょに遠くへひいていって、人物が見えるようになっていく。とくに、おばさんが名前を呼んだ瞬間、よこ顔のアップへと視界が移行した。優しそうな、でも一生懸命、仕事に打ちこむ顔つき。たしかに、おじさんにも、おばさんにも似てない。栗色の髪のキレイな人。


「お母……さん?」


 まるでユーリアちゃんの声が聞こえたように、その人はこっちをふりかえった。聖母のような微笑みがこぼれ、やがて、光のなかへ消えていく……。


 奇跡が終わっても、絵の前の三人はさめざめと泣いていた。だけど、そのおもてにはどこかあたたかい笑みがある。それは悲しみの涙じゃない。


「エマリアだったよ。たしかに、娘だった」

「お母さん。あれが、お母さん……」

「エマリア……」


 おばさんの記憶のなかの娘さんの姿が、描かれたパン屋の道具を見たときに蘇った。だから奇跡は起こった。肖像画はまだうまく描けなかったけど、よかった。おじさん、おばさん、ユーリアちゃんに喜んでもらえて。


「ありがとう。ありがとうね。あの子の笑顔を見たのは何年ぶりだろう」

「わたし、お母さんがいないのはあたりまえだと思ってたけど……やっぱり、お顔が見れて、嬉しかったよ。わたしが小さいとき、いつも、あんなふうに笑ってたんだね。もう、いなくてもいいなんて言わない。わたし、ずっと、ずっと、お母さんのこと忘れないから」


 大切な人がいなくなっても、思い出は心に残るんだ。

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