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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 魂の宿る場所

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23話 夢の記憶



 その夜、夢を見た。

 父さまの工房の庭でかけまわる小さなわたし。まだ二歳か三歳だろう。庭には花が咲いてて蝶が飛んでる。小鳥の鳴き声もしてるから、きっと春だ。

 白い花をつんで、大人のもとへ走っていく。光がまぶしくて、ハッキリと顔は見えない。でも、白くてあたたかな腕がサッと抱きあげてくれる。石けんと、かすかなオイルの匂い。マジックオイル……そうだ。これはマジックポピーの匂い。


 急に目がさめて、わたしは思いだした。そういえば、あの白い花はいつも摘んじゃいけないときつく言われてた。一度だけ摘んでしまって、すごく叱られたんだっけ。


 あれって、マジックポピーだ。自宅にマジックポピーの花が咲いてるなんて、どういうこと? 工房だから、魔法絵の具を作るために、芥子粒はいつも買いこんであった。でも、庭で育てるまではしてない。少なくとも、わたしの記憶にあるかぎりは。つまり、わたしが五、六歳ごろよりあとには。


 でも、買ってきた芥子粒をまけば、芽は出るし、育成が難しい植物じゃない。ただ、質のいいマジックオイルにするためには、清らかな芥子乙女が丹精をこめて育てないといけない。俗人の手で育てられても、できあがった種には濁りが入る。純粋な魔力を抽出できないのだ。


 あれって、母さまだったよね? てことは、もしかして、母さまって芥子乙女だったの?


 それは可能性ないわけじゃない。芥子乙女の多くは二十歳になると還俗して実家に戻っていく。貴族の子女なんかは生まれたときから婚約者が決まってて、どうしても結婚しないといけないからだ。言ってみれば、芥子乙女の期間が花嫁修行。貴婦人の箔をつけるためっていうか。


 一部の人はそのまま神殿に残って、一生を神に捧げる巫女になる。わたしもきっとそうなるんだろうと思ってたのに、まさか追いだされるなんてね。


 それはまあ置いといて。

 わたしの母さまも芥子乙女だった? 父さまと結婚して辞めたってことね。

 そう思って記憶をしぼりだすと、母さまはいつも窓辺にすわって、小さな石臼みたいなものをまわしてた気がする。あれって、マジックオイルの精製機だ。


 母さまがわたしと同じ芥子乙女だった!

 こんなぐうぜんあるの? わたしがいつもしてる作業を母さまもやってたんだと思うと、急に親近感がわいてくる。


 あーあ。父さまの工房になら、母さまが使ってた精製機も残ってるんだろうに。ガルシニエさんのアトリエに置かれた道具も手入れが行き届いていい品物だ。けど、母さまが使ってたものを使ってみたい。そしたら、今よりもっといいマジックオイルができる気がする。


「……」


 工房、行ってみようかな?

 正面突破はできない。忍びこむか、誰かにとってきてもらうかしかない。でも、どっちみち、今、あの工房には精製機を使える人はいない。芥子乙女にしかできないんだから。もともと母さまのものだし、それって娘のわたしのものだよね? というより、工房じたいがほんとはわたしのものなんだけど、今は精製機だけでもとりもどしたい。


 いてもたってもいられなかった。父さまの工房へ行ってみよう。うまくセルディアと会えれば、すんなり精製機を持ちだせるかも。


 父さまの工房はウェントゥス神殿にむかう方角にある。いくらわたしでも、生家への道をまちがえるわけが……ないわけじゃなかった。たぶん、近くまでは来てるんだけど。通りを一本、行きすぎたかなぁ?


 ウロウロしてると、空き家の軒下から変な声が聞こえてきた。ボソボソ、ボソボソって、恨みがましげな霊の……って、違うか。なんかヒソヒソ秘密の話をしてるような声だ。


 そこが空き家なのは、ひとめでわかる。庭が荒れはててるし、門もくずれてる。

 怪しい。なんで、こんなとこで話し声が? 通りに面した窓も壊れかけてて、すきまから、なかがのぞけた。目をあててみると、薄暗いなかに男が二人立ってる。間口が意外に広くて、遠いなぁ。顔までよく見えない。もっと明るければ見わけもつくだろうに。


「……お願いしますよ。あの娘が生きてたら……いつ思いだすか……」

「案ずるな。へたに動くほうが怪しまれる。それでなくとも……は薄々と気づいておられるようだ」

「さっさと殺してしまえば——」

「バカを申すな。万一、陛下のお耳にでも入れば……」

「今さら誰が信じましょうや。マウリオ・ルフィーリエはとっくに死亡したと世間で信じられております」


 思わず、ビクリとして、わたしは驚きの声をあげそうになった。マウリオは父の名だ。長い名前はマウリオ・アウリヴィカ・デ・ルフィーリエ。宮廷画家として国王陛下じきじきにいただいた姓は国内に二つとない。


 父さまがどうしたの? 死亡したと信じられて……それって、まるで、ほんとは生きてるみたいじゃない?

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