22話 母の肖像
お母さん。お母さんかぁ。
わたしのお母さんって、どんな人だったんだろう?
わたしにはおじいさんとおばあさんもいないから、誰からもお母さんの話を聞いたことがないのよね。家に肖像画もなかったし。ちゃんとした肖像画なんて、一般の家庭にはそもそもない。似顔絵でも描いてもらえるなら、その家庭は多少のゆとりがあるってことだ。
と言っても、よく考えたら、うちは絵の工房だし、父さまは天才画家だったんだから、一枚の絵も残ってないのは変な気がする。ほかの有名な画家だって、たいてい恋人や伴侶をモデルに描いてるものなのに。
父さまはなんで母さまの絵を描かなかったんだろう?
今の依頼、わたしと境遇が似てるから、どうしても考えてしまう。とはいえ、依頼にも真剣にむきあわないと。頼まれたパン屋さんは絵にかかわる人が身近にいない。だから、家族の肖像画なんて一つも飾ってない。
つまり、亡くなった娘さん——お孫さんにとってのお母さんの絵も残ってない。そこから似顔絵を描くって至難の業だ。困ったなぁ。せめて、パン屋のおばさんかおじさんに似てれば参考にできたんだけど、二人によれば、両親のどちらにもあんまり似てない美人だったんだそうだ。
「あの子ったら、このへん一番の器量よしでねぇ。ほんと、誰に似たんだか、自慢の娘でしたよ。孫のユーリアは娘に口元がちょっと似てるけどね。どっちかっていうと婿さん似だからねぇ」
ってことらしい。
これじゃ絵の描きようがない。それにウィリアムさんのために一日一瓶はマジックオイルを精製しないとだし、そっちにも時間とられる。一ヶ月の期間もらったけど、ちゃんとそれまでに完成させられる気がしない……。
ああ、どうしよう。
それに、わたしの人物画の腕前もそこまでじゃないんだよね。腕を磨きつつ、見たこともない人の顔を描く……期間を一年もらえばよかった。
「ウィリアムさんって、思うような絵が描けないとき、どうしてるの?」
「僕は天才だからね! いつでも快調に描けるよ」
嘘ばっかり。すっごい気分屋のくせに。
「困ってるなら、とりあえず練習しとけば? あ、そうだ。人物のデッサンしにヴェネルティア神殿へ行ってたろ? あそこなら大勢の芥子乙女がいるから、みんなをスケッチしてくればいい。顔全体じゃなくてもパーツならユーリアちゃんのママに似てる子もいるんじゃないか?」
「なるほど! スケッチを見てもらって、似てるパーツを探すのか。それ、いいですね」
「これでも画家だからねぇ」
「はいはい。じゃあ、これ、昨日作ったマジックオイル」
「いいねぇ。オイル作りは絶好調だね。いい香りだ。ツヤもある」
パーツ探しか。いいアイディアをもらった。なるべくたくさんの人をスケッチしてみれば、なんとかなるかも?
そう思って、毎日、ヴェネルティア神殿へ通ったけど、依頼主が納得してくれる下絵はできなかった。
「うーん。部分の一つずつは似てなくもないんだけどねぇ。何がどうってんじゃないけど、うちの娘じゃないねぇ。もっとこう、あごは丸くて、目と目のあいだがもうちょっと近かったかねぇ? それだけでもないんだけど、どう違うんだか、あたしにもわかんないよ」
何十回、描いただろう?
なんかもう、めげそう。
期限も迫ってるのに、まだ下書きさえ仕上がってない。こんなに描けないって、やっぱり、わたしには絵師の才能なかったのかな……?
またダメだった下絵を持ち帰ろうとしてると、焼きあがったパンをカゴに入れて、奥から出てきたユーリアちゃんと出会った。
「ごめんね。なかなかできなくて」
「いいよ。うんと小さいときにはもうお母さんいなかったから、わたしにとってはそれがあたりまえなんだ。お父さんやじいちゃん、ばあちゃんがいれば、それでいいよ」
「そうなの?」
「うん」
たしかに、わたしもほとんど母さまのこと覚えてない。ましてや、ユーリアちゃんは二歳でお母さん亡くなってるから、顔も何も、いたことすら記憶にないだろう。でも、会いたくないなんて、それは嘘だ。ふだんは意識してなくたって、ふとしたきっかけで、むしょうに会いたくなる。そうじゃないのかな? 友達がお母さんに甘えてるとき。親子で手をつないで歩く姿を見たとき。心配事があって眠れない夜。一人で月を見あげるとき。
誰かに甘えたくても、わたしにはもう父さまもいない。誰もいない。ひとりぼっち。一人。わけもなく泣きたいときだってあるよ。
会いたい。
会いたいなぁ。兄さま……。




