21話 次の依頼
ジルブラン伯爵家への出入りが自由になった。これでまた兄さま……というか、フィーリオに会える。なんでカツラで変装して侍従なんてしてるのか聞かないと。いや、それともやっぱり別人? そこらへんも、くわしくね。
ウィリアムさんは帰り道、やけにうるさく、なんとかかんとか言っていた。
「いいかい? 君は貴族とのつきあいかたを知らない。社交界の礼儀ってやつをな。だから、君が失敗しないよう、お屋敷に行くときは必ず僕がついていってやるから、ありがたく思ってくれよ」
そんなにわたしって一人にしとくと暴れだしそうな野生児に見えるんだろうか? いちおう芥子乙女のころには貴族のお客さまや参拝客もいたから、最低限のマナーは知ってるつもりなんだけど。
まあ、いちおう、まがりなりにもウィリアムさんは大人だし、男の人だから、わたし一人で行くよりは安心かな。
「と言っても、そこまでひんぱんには行けないよね?」
「そうだな。十日に一度ていどか。新しい依頼でも受ければ話は別だが」
「ウィリアムさんは依頼されてたじゃない」
「そう。だから、君にはマジックオイルを大量に用意してほしい。最低でも40号サイズにしたいからな」
「成婚記念の肖像画かぁ。豪華な衣装でしょうねぇ」
愛し愛されて輿入れする姫君。うっとり。キレイだろうなぁ。アンディラさまも優しそうな人だし、政略結婚の多い貴族にしては幸せなお二人だよね。わたしもいつか、兄さまと……なんて、気が早かった? それよりもまず、兄さまがしてる怪しい行動のわけを知らなくちゃいけないもんね。
「花嫁は伯爵家の家訓で純白のドレスを着るんだそうだ。白絵の具ならマジックオイルが映える。たりなかったらふつうのポピーオイルも使うが、とにかく絵の具百本ぶんのマジックオイルが欲しい」
「百ですか。ムチャ言いますね。それだけ大量だと、神殿に芥子粒買いに行っても、すぐには手に入らないだろうな。新しい実ができるまで待たないと」
「じゃあ、とりあえず、あるぶんだけでも」
「芥子粒の代金は前払いでお願いします」
「わかった。頼む。君は僕の女神だ。君じゃないとダメなんだ」
「はいはい」
そんな話をしながら乗合馬車で帰ってくると、お店には新しいお客さんが待っていた。どっかで見た気がするはずだ。この前、子猫を見せてもらったパン屋さんだ。
「ほらほら、猫を見せたかわりってわけじゃないんだけどさ。魔法絵を描いてもらえないかねぇ? ただでとは言わないよ。あんまりたくさんは用立てられないけどね。銀貨三枚。オマケで一年間、毎日、焼きたてのパンをあげるから。好きなやつをなんでもいいよ」
「えっ? ほんとですか? いいのっ? お店の一番人気のクルミパンでも?」
ほんのり甘くて美味しいんだ。でも、人気だから昼に買いに行くと売り切れてることも多くて。お値段もふつうの丸パンよりちょっと高いし。
「クルミパンはクルミの在庫がある季節だけだよ。でも、ほかにもお勧めのパンはあるからね。ラズベリーたっぷりのパイに、シロップづけのパン」
「わあっ、嬉しい。やります。わたし、描きます」
安請け合いにならなきゃいいが、なんて、ウィリアムさんがぼやいてる。たしかに、決めるのは早急だったかもしれない。
「じゃあね。亡くなったうちの娘を描いてほしいんだよ」
「えっ……」
さあっと自分のなかから血の気がひいてく音が聞こえる。人物、か。まだ早い気がする。もちろん練習はしてるけど、自信がない。
「細密画っていうのかねぇ? 棚の上に置いとくような小さい絵でいいんだよ」
「細密画ですか」
それなら、なんとか、いける……かな?
「うちの孫がね。今年で七つになるんだけど、娘が死んだのは五年も前なんだよ。母の顔もよう覚えとらんもんで、不憫でねぇ。一度でいいから、自分の母親の顔を見せてやりたいもんだと、つねづね思っとったんよ」
なるほど。幼くしてお母さんを亡くしてしまったんだ。そういえば子猫を見せてもらったとき、女の子いたなぁ。子どもなのにお店のお手伝いして、えらかった。おじいさん、おばあさん、お父さんには可愛がられてるみたいだけど、やっぱりお母さんがいないのは悲しいよね。わたしも子どものときにお母さん亡くしてるから、わかる。
お母さん……わたしもお顔、覚えてない。わたしが三つのときに亡くなったっていうんだけど。流行り病だったって。お父さんはわたしをお母さん似だって言ってたけど、鏡を見ても似てるかどうかなんて、わかんない。ただ優しくて、あったかくて、だっこしてもらうといい匂いがしたような気がする。
「……いいですよ。わたし、描きます。一ヶ月、待ってください」
わたしと同じ境遇の女の子を喜ばせてあげたい。




