17話 子猫の絵
心が落ちつかない。
兄さまのことが気になって。気になって。
だからって、何もしないわけにはいかない。
三日後。満月の夜になった。どうにか意識を集中して、マジックオイルを精油した。
いつもは精油じたいは昼間のうちにする。でも、今回は満月の力をいつもよりたくさん吸収させるため、月明かりのもとで精製した。ガーゼで丹念に不純物をこしたあと、調合。満月の青い光が心を落ちつかせてくれた。いつのまにか、一心不乱になっていた。
最初はマジックポピーの葉のエッセンスをまぜようと思ってたんだけど、マーガレットという名にふさわしい貴婦人には似合わない。可憐で清楚な姫君に違いあるまい。だから、アルコールでキレイに洗ったマーガレットの花弁を数枚、精製したオイルに散らした。今夜一晩、水分を蒸発させるあいだ、このままひたしておいて、明日の朝、もう一度ガーゼでこして、とりのぞく。
これで完成だ。あとはウィリアムさんの気分しだい。調子がよければ、最高の魔法絵を仕上げてくれるはず。
翌朝。できあがったマジックオイルをウィリアムさんに渡した。待ちかねてたらしく、ウィリアムさん、受けとった瞬間、走っていっちゃった。まあ、がんばって、いい絵を描いてね。
というか、むしろ、がんばらなきゃいけないのは、わたしだ。ついつい依頼を受けてしまったけど、よく考えたら、やっぱりまだ早かったかな。猫のデッサンなんてまったくしてない。といって、近所の野良たちはすぐ逃げてしまうし、モデルにはむかない。どうしよう。人なれした猫を飼ってるうちがないかな?
ガルシニエさんに相談したら、近所で子猫が生まれたって話してくれた。パン屋さんだから、ネズミよけに飼ってるんだって。見せてくれるっていうから、すぐにたずねていった。
「わあっ、可愛い! 小さい。たくさんいる。フミフミしてるぅ」
お母さん猫がよこになって、子猫たちにお乳をあげてた。片手に乗りそうな小さな猫たちだ。四匹いる。白、白茶、三毛、茶。まだ目があいてないのか、ミーミー言いながら、ママのそばを離れない。おかげで写生はたっぷりできた。
子猫ってこんなに可愛いんだ。いなくなったら、それは悲しいよね。シャーリーンはどこへ行っちゃったんだろう? 貴族のお屋敷は広いから迷っちゃったのかな? それとも、お庭から外へ出ていってしまったのか? どこかで元気にしてればいいんだけど。
心をこめて描いたけど、モデルの子猫たちが小さすぎたから、シャーリーンにはあんまり似てなかったかもしれない。たぶん、活発に遊びたがるくらいの子だよね? なんにでも興味を持って、じゃれて走りまわって。
二週間なんて、あっというまだ。絵が仕上がったから伯爵家へ行くと、ウィリアムさんから連絡があった。わたしも同行する約束をした。
なんとなく行く前から予感があった。伯爵家に行けば、また兄さまに会えるんじゃないかって。この前の泥棒みたいな行動は、ただのわたしの勘違いだったらいい。それとも、何か事情があるとか?
不安な思いでジルブラン伯爵家へおもむいた。ウィリアムさんが作品を依頼主に披露してるあいだ、わたしはコッソリと部屋をぬけだした。この前の令嬢に会わなくちゃ。
たしか、廊下を右へまがって、しばらくまっすぐ。そのあと、つきあたりの階段をあがって……あれ? なんか違う? いつまでたっても見覚えのある場所につかない……まさか、また迷った?
令嬢のお部屋はたしか二階だったよね? あっ、そもそも、マーガレットさまのお部屋は三階か。てことは、階段をおりなくちゃいけなかった?
どうしよう。もう一回、階段のとこまで戻ればいいの? いや、もしかして出だしが逆だった? 覚えてたのって、姫さまの部屋から三階への帰りかただった? うん。たぶん、そう。じゃあ、もとの部屋まで戻って、そこからやりなおせばいいんだ。
……って、ここはどこ? なんで見知らぬ部屋に来ちゃうの? えーと、階段さがって、右行って、まっすぐ——なんか違う? ヤダ。もうどうやって帰ればいいかわかんない。涙出そう。
あたふたしてると、目の前の部屋から男の人が出てきた。
あっ、あの帽子、マント。兄さまだ!




