16話 小さな令嬢
お屋敷のなかで迷ってしまった……。
どうしよう。三階まで戻ろうにも、階段の位置がわからない。そうだ。玄関ホールに行けば大きな階段があった。あっ、でも、玄関ホールってどっち?
オロオロしてるわたしがよっぽどおもしろかったのか。クスクスと妖精の笑い声が聞こえてきた。このお屋敷には愛玩犬と愛玩猫が飼われてる。迷って入った部屋にそれぞれいた。可愛いリボンなんてつけてもらって、毛並みがいいのなんの。だからって、妖精まで飼ってるの?
「ごきげんよう。わたし、ララベラ」
違った。人間の女の子だ。四歳くらいかな。ふわふわした素敵なドレスを着てるから、どう見ても貴族の娘。きっと、ジルブラン伯爵の令嬢ね。
「初めまして。お姫さま。わたしはサリエラという絵師にございます」
「えし……って?」
「絵を描いて生業にしてる者です」
お姫さまは急につぶらなお目々を輝かせた。
「魔法のお絵描きをするの?」
「姫さまは魔法絵をごらんになったことがあるのですか?」
「ある!」
そうか。やっぱり、貴族の娘だなぁ。庶民の子じゃ、魔法絵なんて一生に一回、見るかどうかなのに。
「お屋敷のなかに魔法絵があるんですね」
令嬢はつかのま首をかしげていた。やがて、わたしの手をとって、ひっぱる。
「こっち」
てっきり、魔法絵を見せてくれるんだと思ってたが、つれられていったのは令嬢の寝室だった。可愛いお人形がたくさんならんでる。すっかりなつかれてしまって、そのあと一刻もままごとにつきあわされた。でも、ほんとに人なつこくて愛くるしい。自分自身がお人形みたいなお姫さまだ。
「さ、姫さま。わたしはもう帰らないといけません。そろそろ、ウィリアムさんが探してるかもしれないので」
いや、いくらなんでも、わたしがいないことには気づいてるだろう。
「もう帰るの? まだ遊びたいよ」
「また来ます」
と言っていいのかどうか。貴族の屋敷になんて、そうそう来られないもんね。わかってはいるけど、この姫さまとはまた会いたいなぁ。ウィリアムさんが依頼の絵を仕上げて持ってくるとき、もう一度来れるかも?
「じゃあ、サリー。お願い。わたしのお友達の絵を描いて」
「お友達、ですか?」
「子猫のシャーリーンよ。いなくなってしまったの」
そう言って、白猫のぬいぐるみを見せてくれた。青い目で口のまわりだけグレー。ピンクのリボンを首につけてる。猫か。猫なら、今のわたしにも描けるかも?
「わかりました。今度会うときまでに描いておきます」
「ほんと?」
「はい」
「魔法で動く?」
「そうなるように努力します」
「約束だよ?」
「約束です」
わたしの魔法絵師としての初仕事。がんばらなくちゃ。
姫さまと別れたあと、なんとか三階の部屋に戻れた。なんと、ウィリアムさんはまだ、わたしがぬけだしたことに気づいてなかった。これなら、もっと姫さまと遊んでてもよかったかな。
でも、依頼を受けたし、わたしも絵の準備を始めなくちゃ。ウィリアムさんのためのマジックオイルも作らなくちゃいけないし、けっこう忙しい。兄さまが泥棒かもって心配だけど、行方がわからないからどうにもしようがない。今はとにかく、できることをやろう。
「ウィリアムさん。もう帰りますよ」
帰るとき、わたしたちを案内してくれたのは背の高い小間使いだ。身長といい、髪型といい、まちがいない。さっき、裏口で怪しい動きをしてたのはこの人だ。じゃあ、この人も盗賊団の一味? 《《団》》なの? 団? 兄さまって盗賊団だったの? いや、それとも、ただの知り合い? 兄さまのこ、恋人……とか?
聞きたいのに、聞けない。
もしもほんとに兄さまが泥棒で盗賊団なら、ウィリアムさんに話を聞かれるのはマズイ。泥棒は死刑なんだよ。兄さまが捕まって殺されるのはイヤ。
ああ、でも、兄さまに悪いことしてほしくない。というか、恋人? 恋人がいるの? わたしというものがありながら——って、たったいま気づいたー! 兄さまがわたしをなんて思ってるかわからない。わたしはずっと好きだったけど、十年前、兄さまが旅立ったとき、わたしはほんの五歳児。可愛がってくれてはいたけど……それって、ただの妹みたいと思ってた、とか?




