15話 ジルブラン伯爵家
急いで昼食を食べて、やってきた。ジルブラン伯爵家の館。今日は乗合馬車によく乗るなぁ。
貴族のお屋敷は街の北側に多い。またはお城の近く。いわゆる宮廷貴族の屋敷街だ。ウィリアムさんに依頼したのはジルブラン伯爵。伯爵家は昔からの廷臣らしい。高い塀にかこまれた館は、庶民のわたしから見たらビックリするぐらいの豪邸だった。けど、貴族のなかではふつうらしい。どっちかというと小さいお屋敷のうちなんだとか。
なるほどなぁ。エメベラさまがわたしをバカにしてたわけだ。こんな豪邸で育ったなんて。父さまの工房だって広さはけっこうあったけど、あれは制作場所だから。ズドンとして、部屋数は少ないし、見ための装飾がないよね。
ウィリアムさんと二人、どこかの部屋に案内されて待ってると、ジルブラン伯爵がやってきた。宮廷貴族なのに、真昼間からなんで屋敷にいるんだろうと思ってると、伯爵じゃなかった。依頼人は正確に言えば、伯爵の息子だ。アンディラさまという。
「ウィリアム。よく来たな。頼んだ絵はできたか?」
「いえ。魔法絵はそれほど容易なものではございません。それでこそ奇跡と呼ばれるのです。つきましては、マーガレットさまがお越しになったとき使われる部屋など見せていただきたいのですが」
令息はいったんガッカリした。が、すぐ気をとりなおしたようすで、わたしたちを三階までつれていってくれた。
「さあ、ここだ。美しいだろう? 彼女が気に入ってくれるよう、調度品をすべて新しくしたのだ」
東に出窓のある可愛らしい部屋。白いレースのカーテン。壁紙は花模様。マホガニーの机。寝台の天蓋のなかには天使が描かれている。天使たちはヒナギクを手にしていた。
そういえば、貴婦人の名前、マーガレットと呼んでた。マーガレット。きっと、その名にふさわしい可愛いおかたなのだろう。
イメージがわいてきた。これでいいマジックオイルができそう。
「ウィリアム。もうよさそう」
「えっ? もう? 僕はこの部屋を背景にしようと思うんだ。スケッチしていくから、ちょっと待ってくれないか」
「わかった」
わたしにできるのはマジックオイルを作るとこまで。そこからさきはウィリアムさんの腕しだいだ。絵師の創作意欲のジャマはできない。
待ってるあいだ、出窓から外をのぞいていた。ちなみに伯爵令息はとっくにいなくなってる。ほかに用事でもあったのかな?
出窓からは裏庭がよく見える。今は薔薇の盛りだ。赤、白、黄色、ピンク、オレンジ。あざやかな大輪の花がこぼれんばかりに咲いている。その下生えにデイジー。ネモフィラ。
はぁ。貴族のお庭って優雅だなぁ。わたしなんて、うちの店の裏庭にパプリカ植えようかなんて考えてたのに。野ぢしゃもいいかな? 夏野菜ならズッキーニ。最近、他国から入ってきたジャガイモが意外と増えやすいとか? 秋にむけてカボチャもすてがたい。
とかなんとか、ぼんやり外をながめていると、裏口あたりに人影が見えた。庭木に隠れて、一階からでは見えないだろうけど、ここは三階だから高い木のむこうも丸見えだ。
人目を気にするふうで、キョロキョロしながら裏口へ近づいていくのは、スカーフで顔を隠した女の人。服装から言って小間使いに違いない。木戸をあけて、誰かを迎え入れた。
ん? あのマントと帽子。今朝見たばっかり。ヴェネルティア神殿ですれちがった旅人。兄さまらしき謎の人物だ!
ど、どうしよう? なんで、こんなとこに兄さまが? しかもあの感じ、どう見てもお屋敷に侵入してない? 兄さま。まさか、路銀がつきて泥棒になりはてたんじゃ?
わたしの大好きな兄さまが泥棒? ダメ! そんなの絶対ダメ!
チラッと見たら、ウィリアムさんは写生に夢中だ。どこかウットリして忘我の縁をさまよってる。これなら、わたしが部屋からいなくなっても気づかない。あとで戻ってくれば問題ない。
コソコソと部屋をぬけだして一階までおりた——のはいいんだけど、そこからが大変だった。窓から見た裏口のほうへ出ていこうとする……したはず。でも、貴族のお屋敷って、なんでこうムダに豪華なの? どっちが南? どっちが北? わけわかんなくなっちゃった!
けっきょく、裏庭——だと思う。もしかしたら前庭だったのかな? お庭に出たときには、とうぜんのごとく、兄さまの姿はどこにもなかった。というか、庭そのものも広くて探しようがなかったし。
ああ、兄さま……違うよね? あの誇り高い兄さまが、泥棒なんかに落ちぶれてないよね?




