14話 依頼の肖像画
麻袋一つぶんの魔法芥子の実と、顧客を一人お土産に持って帰ると、ガルシニエさんはとても喜んでくれた。お世話になってる恩人の役に立てて嬉しい。
「それで、ウィリアムさん。今度はどんな絵を描くの?」
「肖像画さ。さる貴族からの依頼でね。愛する貴婦人の絵を描いてほしいと」
「でも、魔法絵でしょ? 生きてる人を描く意味ってある?」
「二人はまだ婚約中なんだか、たがいの領地が離れてるので、めったに会えないんだそうだ。それで、来年、式をあげるまで、その絵を見て心をなぐさめたいと」
「なるほど」
「だから、できれば毎日、それがムリなら定期的に笑いかえしてくれる肖像画がいいって言うんだ! 貴族ってのは贅沢なもんさ」
「毎日なんて、ムリに決まってるじゃない。基本的に魔法絵の奇跡は一回きりだよ。一流中の一流の画家がふんだんに魔法絵の具を使って、技術の粋をこらして描いたとしても、年に一度、一定の条件のもとでだけ魔法が発動するようにできるかどうかってところ。気分屋のウィリアムさんにそんなご大層な魔法絵が描けるわけないじゃない」
ウィリアムさんはなにやら矢で脳天をつらぬかれたような顔をした。
「……あいかわらず、君、厳しいよね。これでも女性はたいてい僕に優しいんだよ?」
あいにく美形は兄さまで見なれてるんで。それにウィリアムさんって、年上なのに、なんか頼りないんだもん。そこが可愛いと、芥子乙女の先輩がたは言ってたけどね。
「そういえば、父さまが制作してたあの肖像画も、そんな仕掛けをほどこしたはず。父さまは超一流だから、それができたんだけど」
子どものころに見て感動した、あの肖像画だ。あれも年に一度だけ会話できるって聞いた。さすが、父さま。天才って呼ばれただけはある。わたしもいつか、そんなふうになれたら……。
ハッ。いけない。今は自分にひたってる場合じゃなかった。たとえムチャな依頼でも、できるかぎり希望にそわないとね。
「で、ウィリアムさんは、なんて受けたんですか? まさか、『いいっすよ〜。チョロい、チョロい』とか、ぬかしてませんよね?」
「まだ言葉にトゲを感じるなぁ。でも、君のマジックオイルは絶品だから、ゆるす」
「はいはい。そんなのいいから」
「いちおう、毎日なんてムリに決まってるとは言ってある。が、その効果が半年で切れてもいいから、せめて月一でなんとかならないかと粘られた」
「半年っていうのは?」
「そのころ、結婚式にあわせて、婚約者が花嫁修業にやってくるんだ。式はその三ヶ月後」
今、五月だから、そっか。九ヶ月後なら、新年になる。花嫁が来るまで気をまぎらわせればいいわけね。
「納期はいつ?」
「できるだけ早くとは言われてる。君を探してるあいだに十日もすぎたからなぁ。二、三週間以内には仕上げたい。ほかの画家が描いたその貴婦人の肖像画はたくさん見たし、なんなら画家が使ったスケッチ画も借りてきた。下書きまではしてあるんだ。あとは色塗りだけだ」
「そこからが大変なんじゃないですか。しかも月一の魔法なんて……」
まあ、長続きしなくていいなら、最初だけ魔法効果の高い芥子葉のエッセンスを調合してもいい。あとは一定条件で魔法が起こるようにするには、どうしたらいいのか……?
そういえば、あさってが満月だから、精油するなら、そのときが最適だ。水分を蒸発させるとき、満月の力が宿る。古来から月には特別な力があるって言われてる。魔法絵にも月光は欠かせない。そんなの気にしないって人もいるけど、わたしはやっぱり、月の光って大事だと思う。
「そうだ。満月だ。満月になると魔法がくりかえされる。そういう絵にしましょう」
「できるの?」
「うーん。たぶん」
「たぶん、か」
「わからないけど、とりあえずやってみましょう」
「あ、ああ」
お店に来てから初めての依頼だ。絶対に成功させたい。
「そのかわり、一つお願いがあるの」
「何?」
「その貴族のお屋敷につれていって。描かれるのがどんな貴婦人で、どんなところで暮らすのか見ておきたいの」
魔法絵は魂に力を吹きこむものだから、イメージがとても大切だ。画材になる貴婦人の人となりを知ったほうが、マジックオイル作りにも力が入る。
「……わかった」
「今度の満月より前には行きたい」
「じゃあ、これから行こう」
「えっ? 今すぐ?」
「早いほうがいいだろ?」
「まあ、そうね」




