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魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
三章 最初のお客さま

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13話 魔法絵師ウィリアム



 なぜ、兄さまは会いにきてくれないのか?

 わたしがヴェネルティア神殿にいると知らなかったのかも?

 父さまの工房はいつのまにかクノルエさんに乗っ取られてるし、それで帰る場所がなくなったの?


 だとしたら、今はどこにいるんだろう? 身なりは悪くなかったから、今すぐ生活に困窮するほどお金に困ってはないんだろう。宿に泊まりつつ、わたしを探してくれてるとか?


 でも、この前の夜、人さらいに追われてたとき、助けてくれた。なら、あのとき、何か言ってくれたらよかったのに。なんだか、まるで、わたしから逃げてるみたい? さけられてるの? なんで? もしかして、わたしもクノルエさんの味方だと思われてる?


 考えこんでるうちに、いつのまにか神殿についてた。人の押しあう力ってスゴイ。

 神殿のエントランスホールには今朝つまれたばかりの芥子の花とか、芥子粒、実をつんだあとの茎とか、精製されたマジックオイルの瓶がならんでて、販売係の芥子乙女が立っていた。神殿は男子禁制だけど、ここまでなら男の参拝客も入れる。


「エムラ! マリアラも。元気だった?」

「そういうサリエラこそ! 無事だったのね。心配したよ」

「それより、いいの? 神殿、追放されたんでしょ?」

「大丈夫。なんとかなった」


 仲のいいエムラとマリアラに会えて、思わず、はしゃいでしまう。でも、そうだった。コッソリ来たんだった。あんまり目立たないようにしないと。


「今日のわたしはお客さんとして来たんだよ。芥子の実を買いたいの」

「そう?」


 なんで、とは聞かれなかったので、てきとうに選んで麻袋小一つぶん買いとった。もちろん精油してなくてもすごく高価なんだけど、見習いになってから、たりない画材は好きに買いなさいとお給金とは別に画材代ももらってる。一ヶ月ぶん使いはたしちゃった。これでも友達だから特別に安くしてもらえたんだよね。


「サリエラ。今、どこにいるの? こんなにお金を持ってるってことは、ちゃんと家に戻れたのね?」


 心配そうなエムラに、わたしは首をふった。


「違うけど。いろいろあって、今は画材屋さんで働いてるよ」

「あっ、そうか。それで芥子粒を。精油を買うよりずっと安いもんね。サリエラが精製すればいいんだし、画材屋なら最適ね」

「うん」

「じゃあ、もうすぐしたら新しい種が収穫できるから、もっと上級のが手に入るよ。売り物にならないのなら、タダであげる」

「そのころにまた来るよ」

「あ、お客さんだ。ごめん。もう行かなくちゃ」


 受付に戻っていくエムラとマリアラに手をふって、ふところからとりだしたのは小さな反故ほご紙を紐でつづったお手製の手帳。売り子をしてるエムラたちを素早く、かつ正確にスケッチしていく。このために来たんだもんね。芥子粒はついで。どうせ、お店で使うし。


 半日くらい、そこで時間をつぶした。えへへ。手帳いっぱいになっちゃった。エムラやマリアラ以外にも芥子乙女が歩きまわってるから、もう写生しほうだいだよね。わたしを追いだしたエメベラも何回かホールに来たからモデルにしちゃった。悔しいけど、やっぱり美人だなぁ。髪はよくある亜麻色だけど、目鼻立ちが完璧な配置。まつ毛も長い。遠くから見てもわかる長さ。エメベラのほうは、わたしには気づかなかったみたい。フード付きマントをかぶってるから、目立つ赤毛が隠れてるしね。


 大満足で神殿を去ろうとしたときだ。急に背後からガシッと肩をつかまれた。


 ひっ。もしかして、神殿長? 調子に乗って長居したから、見つかっちゃった?


「す、す、すみません! もう二度と来ません!」


 てのは嘘だけど、ここはズラからなくちゃ。まためんどうになるのはゴメン。


 急いで走りだそうとしたら、予想外に泣き声が聞こえた。ボロボロ落ちてくるのは涙なの? それとも、ま、まさか! 鼻水っ? やめてぇー!


 かえりみると、立ってたのは長いストレートの黒髪の男。けっこうな美青年だ。ぐちょぐちょの泣き顔だけど。


「……なんだ。ウィリアムさんか」


 ホッと胸をなでおろすわたしと対称的に、ウィリアムさんはさらに端正な顔をゆがめた。


「サリエラ! 僕の女神!」

「ああ、はいはい」

「君が追放されたと聞いて、どれほど絶望したと思ってるんだ? もう二度と会えないかと思った」

「わたしは別に、それでもよかったんですけどね……」


 その容姿を買われて宮廷仕えの侍従になっても不思議はないくらいの美形にここまで言われて、ふつう悪い気はしないのかもしれない。でも、わたしは知ってるんだ。このあと、彼がなんて言うのかを。


「君の作るマジックオイルに二度と会えないかと!」


 ほらね……。


「はいはい。よかったですね。また、わたしのマジックオイルで描けるじゃないですか」

「うんうん。僕の芸術の守り神だよ。君のマジックオイルは最高だ!」

「……」


 つまり、ウィリアムさんは絵師だ。魔法絵師。だけど、気分にムラがあって、なかなか相性のいい魔法絵の具に出会えない。相性がいいと奇跡を起こせるけど、相性が悪いと何も起こらない。そういう二流の魔法絵師。調子がいいと一流の画家も足元におよばないような、ものすごい絵を描くんだけどね。


 わたしが作るマジックオイルと相性がよくて、二年前、ここで初めて買ってからは、ずっとわたしが作るのだけ使ってた。


「やっぱり、ほかの人のオイルじゃ描けなかったんですね?」

「そう」

「じゃあ、これからお店に行きましょう。注文をとってあげますよ」

「ほんと?」


 黒い目を輝かせるとワンコみたいで可愛いんだけどね。ま、いっか。これでお店の顧客が一人増えた。

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