11話 白い花の奇跡
二日ほどウェントゥス神殿に通って写生した。神殿のまわりではウェントゥスの花も育てられてる。それらを描いて練習。
その後、本番。絵の具は二色だ。ビリジアンと白。下地には石膏。テンペラ画じゃないけど、今回は下地の絵の具にまで混ぜるほどの量のマジックオイルがない。淡いクリーム色で下塗りして、花びらの白が目立つようにした。下塗り用には、通常の絵の具を使い、そこにほんのちょっぴりだけ魔法絵の具をまぜた。
「ガルシニエさん。どうですか?」
七日めの朝。できあがった絵をガルシニエさんに見せた。昨夜、仕上げたあと布をかぶせて、月光のあたる窓辺に置いといた。この布をはずす瞬間は、これまで感じたことないほど緊張した。
いっしょうけんめい描いた。心をこめたつもりだ。デッサン力が完全にあがったとは言わないけど、今のわたしに描ける最高の出来にはなったと思う。朝日に透ける花びらの純白を描ききった——と、自分では断言できる。
恋とも、人さらいに追われたときとも違うドキドキ。どうか、どうか、奇跡よ起こって。
「じゃあ、行きますよ……」
さっきからもう何度めか、キャンバスにかけた布をつかむ。そして、今度こそ、サッとひきあげた。淡いクリーム色のなかに咲く一輪のウェントゥスの花。奇跡が起こるなら、その芳香が香り立つはず。きっと——
「……」
「……」
わたしとガルシニエさんは、じっとウェントゥスの花を見つめた。咲き誇るより一歩手前の白い花を。優しく甘い香りが漂うのか。それとも、花弁が満開までひらくのか。そうじゃないなら、繊細な葉から朝露がしたたりおちる……とか?
でも、何分待っても奇跡は起こらない。絵は絵だ。下手ではないまでも、色味が少ないぶん奥行きや立体感に欠ける。デッサン力もまだまだ。
残念だけど、今のわたしに魔法絵を描く力はないってことだ。子どものころ、父はわたしに才能があると感じたらしい。でも、父がなぜそう思ったのか、そのときの出来事を、わたしは覚えてない。ただの親バカだったのかも……。
「すみません。ダメでしたね」
長年の夢もこれで終わり……か。途中で画家になることをあきらめて、スケッチもデッサンの練習もしなくなってた自分が悪いんだ。こうなるのは自業自得だ。あたりまえの結果が出ただけ。
外した布をキャンバスにかけなおすと、ため息がもれる。やれるだけのことをやったんだから、しかたないんだけど、でも、悔しい。せめて半年後にでも、もう一回挑戦させてもらえたら……いや、そんなだからダメだったんだ。次もあるなんて、心のどこかで思っちゃったのかも……?
自分の不甲斐なさに涙がこみあげてくる。でも、ここは我慢だ。泣きだして、めんどくさい女だと思われたら解雇されちゃう。生きてくためには、明日からもこのお店で働かないと。
ギュッと目をとじた瞬間、どこからか風が吹きぬけていった。変なの。窓は反対の方向なのに、前から風が?
目をあけると、キャンバスにかけた布がフワフワしてる。まるで、風に吹かれたカーテンみたいに。
ああ、さっきまでとは、また違うドキドキ。期待で心臓がバクバクする。もう一度、急いで布をとりはらった。花びらがゆれてる。ほんの一瞬だったけど、風にゆさぶられて、大きく花がたわんだ。じょじょにその風はおさまり、花はふたたびキャンバスに描かれた、ただの絵に戻ったけれど……。
とつぜん、パチパチと拍手が聞こえた。ガルシニエさんだ。
「おめでとう。ヒヤヒヤしたが、成功だね。これで君は今日から、うちの絵師だ」
「ありがとうございます!」
「だが、もちろん、鍛錬は必要だ。魔法絵の具を贅沢に使えなかったとはいえ、奇跡の力が弱かったのは、技術不足だな。今後、精進すれば、さらに魔法の力は高まるだろう」
「がんばります!」
「まずは半年、習作を重ねてくれたまえ。その間、魔法絵の具作りで店を手伝ってくれないか?」
「もちろん、やらせてください」
よかった。これで魔法絵師になれる。やっと夢が叶うんだ!




