表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法絵師のミーラークルム  作者: 涼森巳王(東堂薫)
二章 路地裏の小さな店

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/53

10話 ウェントゥス神殿へ



 マジックオイルをガラスの瓶に移し、ガーゼの布でふたをして、月光のよくあたる出窓に置いた。これで一晩たったら、くだいてすりつぶした顔料にまぜこみ、絵の具にする。


 それはいいんだけど、何を描こうか? 静物画って魔法絵にはむいてない画題だ。ふつう、魔法絵は肖像画。亡くなった人の言葉を聞いたり、笑顔を見るために描く。でも、今のわたしにいきなり人物画はムリ。何年もサボってたから、デッサン力がまったくついてこない。

 静物画を描くとしたら、故人が大切にしてたもの。または人形だと魔法が起こりやすい。要するに、人の記憶や心を描くのが魔法絵なのだ。


「うーん。人形……じゃあ、人物描くのと大差ないしなぁ。なんかないかなぁ?」


 絵の具も一色か、どんなにオイルを切りつめても二色にしかならない。複雑なものは描けない。背景ならふつうの絵の具を使ってもいいけど、メインで描くものは、やっぱり魔法絵の具じゃないと。


 一色で描けるものって、なんだろう? 空? 海? どっちも0号で描く題材じゃないなぁ。むしろ、微妙な色あいの違いをつけるために、たくさんの色を使いそうだし。


 いちおうデッサンの練習は始めたものの、題材が決まらないせいで、なんとなくやる気が出ない。


 翌朝、マジックオイルの瓶のふたをガーゼからガラスに変えた。こっちのほうが揮発きはつが抑えられる。でも、期限は一週間だから、いつまでもこのままにしておけるわけじゃない。早く絵の具にしないと。キャンバスに下地もぬっておかないと、乾くのに時間がかかる。


「あっ、しまった! ウェントゥス神殿に行くんだった」


 いろいろあって、セルディアと会う約束してたの、すっかり忘れてた。今後の計画について話しあわなきゃいけなかったのに。今さら行っても、すれ違いかもしれないけど、いちおう行ってみないと、セルディアと連絡をとりあう方法がほかにない。


 一階へおりていくと、マクシミリアンさんはまだいた。贅沢にミルクのなかにショコラをけずって溶かしてる。今朝はバタートーストとホットショコラ。三種のフルーツつき。


「マクシミリアンさん。おはようございます。じつは、わたし、弟と会う約束があって、ウェントゥス神殿へ行きたいんです。朝食のあと、一時間ほど出かけてきてもいいですか? そのあいだ、お店は閉めることになっちゃいますが」

「……」


 えっ? これでも無言なの? 困ったな——と思ってたら、奥からガルシニエさんがやってきた。


「出かけるのかね? かまわんよ。そのあいだは私が店番をしていよう。なに、以前は毎日、私がしてたのだからね」

「ありがとうございます」


 出かけられるのはいいんだけど、約束したのは何日前だっけ? セルディアも一日二日なら通っただろうけど、もうあきらめてしまったんじゃないか……ウェントゥス神殿で旅人を泊めてくれるのは二、三日って話だったし。


 大きな通りを選んでいったので、今日は迷わなかった。小高い丘の上の神殿は旅人でにぎわっている。まわりは畑だ。神官たちが食べるにしては畑が広すぎる。きっと、旅人にふるまわうために育ててるんだろう。旅の安全を祈願する神さまだから、ウェントゥス神殿にはめったに来ないけど、牧歌的で心地よいところだ。


 神殿のなかへも自由に出入りできる。だけど、思ったとおり、セルディアはいなかった。この前、父さまの工房で会ったのが六日? 七日前だっけ? 私がもっと早く思いだしてれば、よかったんだけど。


 しょうがない。帰ろう。セルディアには父さまの工房へ行けば会えなくはない。そのかわり、誰にも見つからないようにして、コッソリ会わないといけないんだけど。


 神殿の柱のかげから立ちあがり、ふみだそうとしたところで、前から走ってきた女の子とぶつかってしまった。白い花を一輪、手にしてる。旅人に贈るウェントゥスの花だ。ウェントゥス神の守護がかかっていると言われている。


 ころんでしまって、女の子は泣きだした。あわてて、起こしてあげる。


「大丈夫? どこかケガした? ごめんね。まわりを見てなかった」


 スカートのホコリをはらってあげて、手足を見たけど、どこもケガをしてるようじゃない。


「お花、落とさなかったね。えらいね」というと、やっと女の子は泣きやんだ。幼いなりに、自分はやりきったと感じたのだろう。ちょっと得意そうな顔になった。


 誰のための花なんだろう?

 この子の年なら友達ってことはないだろうから、家族の誰かかなぁ?


 女の子が走っていったので、その背中を見守っていると、両親らしき人たちと合流した。そして、三人で若い男の人に花を渡している。あの子は泣きながら、男の人にしがみついた。


 そうか。あの人が旅立つのか。きっと、あの子のお兄さんかな? ちょうど十年前のわたしと兄さまみたい。わたしもウェントゥスの花を買ってきて、兄さまに渡したっけ。兄さまがぶじに帰ってきますようにって……。


 兄さま。今、どこでどうしてるのかな? ほんとに生きてるの? この前、ならず者に追われたとき、助けてくれたのは兄さまだったの? だとしたら、もう帰ってきてるの?


 どっちでもいい。兄さまが無事なら。祈る気持ちはあの日から変わってないよ。


(そうだ。あの花を描こう。この思いが兄さまに届くように)


 題材は決まった。あとは描くだけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ