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西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -  作者: 四谷軒
第四章  西の桶狭間 ー有田中井手の戦いー
45/55

45 終わりの始まり、始まりの終わり

 永正十四年(一五一七年)。

 安芸あき国(広島県)

 十月二十二日。


 夏には旺盛な緑が勢力を振るっていたが、今となっては、枯れ草色の野が広がっており、その中を、川が横切っている。

 又打川と呼ばれるその川を前に、毛利家の多治比たんぴ元就(もとなり)の軍勢と、吉川きっかわ家の宮庄みやのしょう経友つねともの軍勢が、敵方――安芸武田家・武田元繁の襲撃を、今か今かと待ち受けていた。


「――多治比どの」


「――何か、宮庄どの」


「本当に……武田は此処ここに来るのか」


「来る」


 というか、来ないともう、打つ手がない。

 そこまで元就は言うつもりはなかった。なかったが、かなりの公算で、武田元繁は()()に来ると踏んでいた。

 安芸武田家の当主・元繁。

 安芸の守護代の家柄であり、かつ、武田元繁は勇将である。

 このあたりの地方が「中国」ということもあり、なぞらえて――「項羽」と呼ばれる。

 その武田元繁が、国人の元就や経友の抵抗を知り、鎧袖一触、ひと息に蹴散らしてくれようと息巻いた。

 武田元繁は、元就と経友の控えるこの又打川の向こう、有田城の攻囲の陣の内から主力を率い、土煙を上げて猛進していた。


「……兄上」


 経友の隣、可憐な顔立ちをした姫武者――というか少女の武者が、遠目にて、その土煙を確認したことを告げた。


「忌々《いまいま》しいことですが、元就どのの予見どおりかと思われます」


()がそう申すのなら、おれもまた、多治比どのの予見を、そしてこれからの策を、この身で体現してやろうではないか」


 ()と呼ばれた少女武者は、元就の方をちらと見た。

 感謝しろ、と言いたげな視線に、元就は少し落ち着かぬ様子で目線を返した。


 ――臆病者。


 雪の声にならぬ声と、舌打ちが聞こえた気がした。

 元就としては、最善を尽くして、今この決戦に臨んでいるつもりなのだが、少女の視点からすると、それはまた自分から逃げている――そう思えてならない。


 ――この戦が終われば。


 それが元就と雪の共通する思いである。

 元就としては、受け継ぐはずの城を奪われ、「こじき若殿」と呼ばれたあの日々が、大切なものをこそ遠ざけるという習性が、心中に()()()()()()しまった。今、雪を奪う可能性があるのは武田元繁であり、それを斃せば、己に素直になれるかもしれない。

 雪としては、自分がそんなに簡単に奪われるわけもなく、鬼吉川の妙弓らしく、堂々と抗ってやるつもりである。だから、元就には素直になってもらいたいところだが、そもそも元就の気持ちがどうなっているかというと、あまり自信が無かったりする。色恋ではなく、弓矢にかまけていた報いが来たのだと諦めてはいるが。


 ――しかし、事ここに至った以上、いくさが終わるまではもう、何も言えない。


 多くの人の命と運命がかかっているこの戦。参戦する者それぞれの大義や欲望があろうが、少なくとも、大将である多治比元就は、私心をあらわにはできない。飽くまでも、大内義興からの命により、安芸を鎮撫するという目的の下に戦うという姿勢を見せなければならない。

 それは一軍の将たる雪にも同じことで、しかも、吉川家の命運もかかっているため、これ以上は私情を優先して行動は出来ない。


 敵はもう、目の前にいるのだから。


「敵、先鋒は己斐こい己斐宗瑞こいそうずいです! 旗印が見えます!」


 物見の兵が、甲冑を鳴らしながら元就の前に来て、言上する。

 元就はうなずく。

 元就の視線を受けて、雪もうなずく。


 この時に至っては、是非も無し。

 安芸の国の覇権をかけて。

 毛利と吉川の命運をかけて。

 元就と雪は、全軍に号令を下した。


いくさの用意!」


「弓、かまえ!」


 吉川――宮庄経友ら三百騎は弓をかまえ、毛利――相合元綱らは事前に打ち合わせていた地点に位置する。

 安芸武田軍は、己斐宗瑞を先頭に、まっしぐらに又打川の渡河を目指して進んでくる。

 渡河と同時に元就ら毛利・吉川連合軍に一撃を加える意図が、見て取れた。


「中井手と同じく、雪どのの矢をもって、攻撃を開始する!」


 元就の大音声が響く。

 その時、雪はすでに無音の境地におり、無表情に、川の対岸を見ていた。

 弓をひきしぼった。

 宮庄経友らも、つづいて弓を張る。

 全軍同時による斉射、それが吉川のお家芸である。

 己斐宗瑞が射程距離に入る。


「……射よ!」


 三百騎が、一斉に矢を放つ。

 矢の雨が、己斐宗瑞の軍に降りそそぐ。



 安芸武田家の軍は、軍を五つに分けた。すなわち、己斐宗瑞、香川行景、粟屋繁宗、山県重秋(もともと有田城の領域を支配していた国人)、そして武田元繁自身である。

 これは元繁が元就の心理作戦に引っかかって「五倍」の兵力というところからの五個の部隊であるが、そもそも国人(地域領主)たちの連合体という側面のある安芸武田軍の、組織的な事情もあった。

 これは多治比元就も知らないというか、この戦いで毛利と吉川の軍を指揮した経験から、のちに分かったことであるが、国人たちを率いる以上、部隊を分ける時は、その国人単位でやらざるを得ない。


「兵数、兵力で単純に分けることができれば、その軍は自在に戦場を、いや戦地に向けて征かせることができ、将は楽ができようよ」


 とは、長井新九郎の弁である。

 だが現実、この時代この時にあたって、いかな守護大名といえども、たとえば大内義興のような一世を風靡する管領代であっても、率いる兵は国人たちで構成されており、別動隊を作る場合、その想定する兵数に応じた規模の国人、あるいは複数の国人を抱き合わせにすることを念頭に置かなければならない。


「……こたびのいくさ、五段構えで行く。大兵力らしく、鶴翼の陣を()()作れ。しかるのちに、敵陣に、順繰りに当たらせるのだ!」


 そう豪語した武田元繁であるが、麾下に集まった国人たちの事情を配慮したという側面もある。

 また、裏には、腹心である伴繁清と品川信定を予備兵力、後詰めとして活用し、波状攻撃で毛利・吉川連合軍を疲弊させたのちに、()()()として投入するつもりであった。

 それも、有田城の小田信忠の出撃という展開により、使えなくなってしまう。


「だがそれでも、わが方、有利。この兵数をもって、何度も何度もたたきつけるのみ!」


 武田元繁は五つに分けた部隊のうち、己斐宗瑞に先陣を命じた。己斐宗瑞は当初、安芸武田家に敵対していたが、毛利興元の死により、寝返った男である。


「つまりは、捨て石よ」


 香川行景あたりは憫笑したが、しかし己斐宗瑞自身も「裏切者」との認識はあり、そのために、毛利・吉川連合軍の策を知るべく、先陣とさせられたことぐらい、わきまえている。


「よいか! 己斐の衆! 汚名をそそぐは、今ぞ!」


 宗瑞は必死だ。ここで手柄を立てねば、同僚の諸将はともかく、武田元繁のおぼえをめでたくしておかねば、今後の安芸で生き残ることができない。

 そのため、熊谷元直を斃した毛利・吉川連合軍は脅威ではあるが、突撃せざるを得ない。

 宗瑞の眼前に、又打川が迫った。


「渡れ!」


 そう叫んだときだった。

 対岸の吉川家――宮庄経友および雪の麾下、三〇〇騎が矢を放った。


「ぐわっ」


「ぎゃっ」


「ひえっ」


 逃げ惑う兵もいるが、己斐宗瑞は、安芸武田家へ寝返ったばかりという負い目があるため、この先陣から退くことはできない。


「怯むな、進め!」


「つづけて矢を! 楽に川を渡らすな!」


 ……有田中井手の戦いという戦いの潮が、今、最高潮に達しようとしていた。

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