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西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -  作者: 四谷軒
第四章  西の桶狭間 ー有田中井手の戦いー
43/55

43 「項羽」の出陣

 熊谷軍の残兵、そして部将の板垣と山中は、多治比元就の手によって「見張りの兵すら惜しい」という理由で解放された。

 元就は、宿老の志道広良しじひろよしから「そういう内情をばらすのはいかがなものかと」とたしなめらていたが、その志道にしてからが「もうすぐ有田へ向かいますぞ」と平然と元就に言上して、板垣と山中の失笑を招いていた(むろん、こらえて素知らぬふりをしたが)。

 戦場からいち早く去り、三入高松城へ帰還することを条件に、板垣と山中は馬を与えられたが、当然、城へは戻らず、急ぎ、安芸武田家の本陣――有田へと向かった。


く伝えねば……毛利が、熊谷元直さまを討ち取り、有田へかんとしていることを」


 一方、有田にいる武田元繁は、すでに諸所からの速報により、熊谷元直とその軍が撃破されたことを聞いていた。当初は信じなかった武田元繁であるが、熊谷軍の部将であった板垣と山中が有田に到達し、元繁へ謁見願い出て報告するに至って、元直の死を信じぜざるを得なくなった。

 そして――明の人相見・「朱ノ良範」により、多治比元就が漢の高祖の相を持つと見られたことも。


「漢の高祖だと?」


 武田元繁は、自身の右腕とたのんでいた猛将・熊谷元直が討ち取られたことによる怒りを覚えていたが、さらに、元就の打った「芝居」のことを知り、その怒りは頂点に達した。


「高祖たる多治比元就は、項羽たる、この武田元繁を撃滅する運命さだめ?」


 武田元繁は怒りに震えながらも立ち上がり、おもむろに乗馬用の鞭を手に取ると、昨日の扇子のように、へし折り、真っ二つにしてしまった。


「おまけに五倍だろうが敵ではない、と」


 二つになった鞭を放り出すと、元繁は、腹心の伴繁清ともしげきよを手招きして呼んだ


「殿、何事で……」


「繁清、こうなっては是非もない。出陣だ……奴ら、この有田へ向かってくるそうだが、それを待つという迂遠な真似はできん。一刻も早く合戦に及び、多治比元就の首を取る! 取った上で、元直の、熊谷元直の霊を慰めるのだ!」


 全身から怒気を発しながら、武田元繁は、まさに怒号した。

 そしてふと何かの思いつきが浮かんだようで、ひとしきり嘲笑の表情を浮かべると、出陣の用意に向かおうとした伴繁清を呼び止めた。


「……こたびのいくさ、五段構えで行く。大兵力らしく、鶴翼の陣を()()作れ。しかるのちに、敵陣に、順繰りに当たらせるのだ!」


 舐めた猿芝居をしおって。

 さすがの武田元繁も、朱ノ良範なる人物は、多治比元就の仕込みによるものであろうことは分かる。

 兵数の多寡に()()()()将兵らへの、単なる景気づけに過ぎぬ。

 だがそれにしても、なめ過ぎだ。

 敵兵、毛利と吉川は合わせておよそ千。対するや、安芸武田家は五千。

 その五倍におよぶ兵力をもってして、波状攻撃を叩き付けてやる。


「覇王のいくさというものを見せてやる。大兵力を相手にしたこと、後悔させてやる」


 武田元繁にとって、多治比元就は、所詮は()()()()()()破れる敵である。少なくとも、元繁自身はそう思っていた。

 だがここに、武田元繁の「項羽」と呼ばれる所以ゆえんのひとつ、激情家であることが、元繁の判断を阻害した。

 確かに、安芸武田軍は、毛利・吉川連合軍の五倍の兵力を擁していた。

 しかし、熊谷元直率いる六〇〇は、既に敗退している。この時点で五倍とは言えない。

 そしてこの後、武田元繁は、腹心である伴繁清と、品川信定に七〇〇の兵を託して、出陣せざるを得なくなってしまう。

 そのため、安芸武田軍は毛利・吉川連合軍の三倍強となる。

 武田元繁は、それを「五つに分ける」という作戦を実行すると決めてしまい、諸将にもその旨、命じてしまったのだ。


「馬引けい! 出陣!」


 覇王よろしく武田元繁は颯爽と馬に乗り、号令を下した。


 ……そして、安芸武田軍が進軍を開始しようとしたその時。

 その安芸武田軍が囲んでいた有田城の城門が開いた。


 有田城の城将・吉川家の小田信忠が、反撃に転じたのである。


「かかれ! 安芸武田は、進軍の支度で手間取っておる! 好機ぞ!」


 有田城は開城降伏を申し出ており、安芸武田軍としては、見せしめに攻めているだけ。

 そういう刷り込みが、これまでの吉川元経の低姿勢から、武田元繁をはじめとする将兵の頭に有った。

 つまりは、有田城に関しては、完全に攻撃は無いと油断しきっており、安芸武田軍はその虚を、物の見事に衝かれたかたちとなった。


「見よ! あの狼狽うろたえぶりを!」


 有田城の城兵、三〇〇。それが今、矢となって、安芸武田軍の()()に突き刺さった。


「ぬううん!」


 武田元繁は()()をかんだ悔しさに唸った。

 だが、さすがに事の打開を図るべく、伴繁清と品川信定に、つまり国人ではなく安芸武田家の家臣たちに、手勢である七〇〇を与えて、小田信忠に当たらせた。


 ここで武田元繁は、その大兵力をもって、小田信忠とその軍を殲滅すべきであった。

 そして一戦ののちに出陣すれば、多治比元就との決戦にあたり、腹心である伴繁清と品川信定の七〇〇の兵を投入することができた。

 結果として、武田元繁は、三五〇〇あまりの兵を引き連れて行くことになり、それを()()の部隊に分けて戦うことになる。今さら、作戦変更など、「項羽」武田元繁の沽券こけんにかかわるので、かなうべくもない。


「……出撃!」


 馬上、叫ぶ武田元繁を先頭に、安芸武田軍は進軍を開始した。

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