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西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -  作者: 四谷軒
第三章  多治比元就の初陣
33/55

33 死線

 ――二重三重に張り巡らせた策であったが、どうやら敵はそれを看破したようだ


 多治比元就は、不思議にも悔しさや悲しさをおぼえず、ただただ冷静にそのような感想を抱いた。

 元より、毛利本家の援軍など期待していない。()たる杉大方を使者に立て、人質としたのも、彼女を守るための方便である。

 また、吉川家や尼子家にも、助力を期待していない。吉川家の雪が、小倉山城に健在であれば、身一つでも駆け付けたかもしれない。うぬぼれだが。しかし、うまく彼女を煽って、尼子経久の居城・月山富田城へと向かわせた。おそらく、彼女にとって、この世で最も安全な場所が、あの城だ。


「……悔いはない」


 あるとすれば、ここまでつきあってくれた、井上光政や多治比の兵……そして、長井新九郎を今、命を失う危険にさらしているということだけだ。


「……逃げろ」


「……何だ?」


 その時、ちょうど元就と背中合わせに槍を構えていた、長井新九郎が聞き返す。


「逃げろと言ってるんだッ! 新九郎どの、これ以上の抵抗は無益! はよう、美濃へと逃げられよ!」


「お前……正気か?」


 新九郎は近づく敵を槍で突き倒しながらこたえる。


「今さら、帰れるかよ! ほれ、考えろ! 逃げるんなら、どう逃げる?」


「考えても駄目だったから言うておる! 新九郎どのだけではない、皆、逃げよ! これ以上は……」


「馬鹿野郎!」


 長井新九郎の大喝が戦場に響く。それは、敵味方問わず静止させるだけの力を持っていた。


「いいか、()()と言った以上、()()んだよ、おれらはッ。こんな中途半端な状態で逃げられるかッ。いいか、逃げるんなら、お前もだ。どこへ行く? 多治比か? 吉田郡山か?」


「阿呆がッ。逃がすと思うかッ」


 問答に闖入ちんにゅうしてきたのは、敵将・熊谷元直である。

 元直は新九郎の大喝からいち早く自分を取り戻し、勝ちはきまったとばかりに、自ら突進し、元就の首を狙ってきた。


「その首、もらうぞ! 青二才!」


「やらせるか!」


 熊谷元直の刀と、長井新九郎の槍が舞う。

 宙空で火花を散らし、刀と槍がせめぎ合う。

 ……だが、さすがに力が尽きてきたのか、長井新九郎は押され始めた。


「終わりだ! 長井新九郎とやら! まず、貴様から首を取ってやる! 名誉に思え!」


「……くっ、この」


 槍を捨て、刀を抜くか。

 そう逡巡する長井新九郎を、背後から引っ張る者がいた。


「……なっ」


「退け! いや、後を頼む、新九郎どの!」


 多治比元就が、驚異的な力で、おそらく最後の力を振り絞って、長井新九郎を後方へと引っ張り、入れ替わりに己の身を熊谷元直の前にさらした。


「やめ……」


「さらばだ!」


 元就が元直に、躰ごと突っ込む。

 だが、それも、力なく。

 倒れたのは、元就の方だ。

 嘲笑う元直。


「所詮は青二才よ。船岡山を知らぬ! あの激戦をくぐり抜けたこの元直に、かなうべくもないわッ!」


 元直の咆哮。

 新九郎の槍が飛ぶ。

 くだらん、とばかりに元直の刀がその槍を振り払う。


「終わりだ! 死ね! こじき若殿!」


 思ったよりもあっさりと、その瞬間は訪れた。

 そう、元就は感じた。

 力の限り、戦った。

 甥の幸松丸は、長井新九郎が何とかしてくれるだろう。

 癖のある男だが、頼りがいがある。

 その新九郎が何か叫んでいる。

 静止する時の中で。

 迫り来る、熊谷元直の刀の刃紋が見て取れるくらいの、止まった瞬間で。

 元就は、静かに……目を閉じ……ようとした。


 激しい衝突音。


「………?」


 閉じようとした目を開けようとすると、さらに衝突音が、ふたつ、みっつと響く。

 気がつくと、熊谷元直の刀が、弾かれ、飛んでいき、弧を描いている。

 唖然とした表情の元直。

 振り向くと、やはり茫然としている長井新九郎。

 その新九郎の方向に、まっすぐ目を凝らす。

 多治比の山里の、木々の間に。

 ひとりの武者が、弓をかまえていた。


「――遠からん者は音に聞け」


 その、凛として響き渡る声。


「近くば寄って、目にも見よ――」


 冴え冴えとした視線は、熊谷元直を射て、逃がさない。


「われこそは――」


 その武者がつがえた矢を放つ。

 あやまたず、元直へ向かって、直線を滑る。


「鬼吉川の妙弓なり!」


 吉川家の、鬼吉川の妙弓の名を受け継いだ、姫――雪。

 尼子家、出雲の月山富田城から一路、ついに多治比へ。

 すでに合戦の渦中、迷いなく多治比元就を探し当て、自身の()()もって、熊谷元直の刀を立てつづけに射飛ばしたところであった。

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