27 初陣
「……で、どうやって戦うつもりなんだ?」
かつての法蓮坊――長井は遠慮なく、道端に立ったまま聞いた。
彼には肌の感覚として、敵が迫って来るのをひしひしと感じており、時間を惜しんだのである。
多治比元就は、まずは緒戦を、と言って、これからの策を述べた。
「――という策だ」
「ほう」
長井は、元就が無策に、我武者羅に戦うつもりなら、献策しようと思っていたが、当てが外れた。外れたが。
「面白い。よく思いついたな」
長井は面白くてたまらなかった。こんな面白いことを考える奴が、自分以外にいたとは。
「私にはこれしか賭けるものがない……なら、なるべく高くして、賭けようということだ」
元就は、自分に伊勢新九郎のような知謀があれば、もう少しましな策を思いついたろうが、自嘲した。
今より三十年ほど前、室町幕府に仕える身でありながら、駿河に下向し、今川家のお家騒動を鎮圧してその功により城を獲得、そして伊豆へ討ち入り、さらに相模を……と、嵐のように平定していった、伝説的な武将・伊勢新九郎。
この乱世において、旧秩序を打破し、自らの領土を得て、覇を唱えるというその壮挙は、多くの武将たちのあこがれであった。
歎息する元就に、長井は片目をつぶりながら、言った。
「ああ、そういえば」
「なんだ、長井どの」
「そういえば、おれの名は長井新九郎という……その伊勢新九郎にあやかってな」
「え?」
「だからおれのことは新九郎と呼んでくれ」
「ええ……」
元就が戸惑っている間に、どよめきが聞こえた。そして何かが燃えるにおいがしてくる。
元就の腹心・井上光政が「御免」と言って、音とにおいのする方へと向かい、そしてすぐに、多治比の兵数名を連れて戻ってきた。
「御館さま! 熊谷元直、多治比へ襲来、奴ら……村のそこかしこに、付け火を……!」
光政は悔しそうな表情を浮かべる。
時は秋。
稲穂が実り、収穫は間近であった。
敵は今、その稲田に火をつけ、燃やした。
奪うでもなく、燃やした。
その燎原の火は、多治比の山里の村人の家にも回りつつあった。
「やりやがったな」
「うむ」
渋い顔をする新九郎と、目を閉じる元就。
この時代、敵地を侵略するときにおいて、放火により火攻めすることは、常套手段であった。
「……で、やるのか?」
「ああ」
新九郎に聞かれて、そう答えたものの、元就は少し困ったような顔をした。
「そういえば」
「おい、多治比どの。まさかお前も新九郎だとか言うなよ」
「私は少輔次郎だが……そういえば、ひとつ困ったことに、今、気がついた」
「なんだ? 言ってみろ」
「そういえば私は、初陣がまだだった。果たして戦の作法とか、満足にできるかどうか」
「……くくっ」
新九郎は笑いをこらえるのに必死だった。
この期に及んで作法とか。
もう少し、勝てるかどうかを気にしろよ。
……そう言いたかったが、今は敵襲の真っ最中。
「……いいから」
「……新九郎どの?」
「いいから、やりたいようにやれ! 変だったら、おれが何とかしてやる!」
新九郎に押されて、元就は、光政たちの前に出た。
いつの間にか、城からも多治比の兵が出てきて、元就の周りに集まってきた。
元就は何か演説すべきなのかな、と新九郎の方を見た。
新九郎がうなずく。
「……よし、皆の衆、聞いてくれ!」
元就は声の大きいことで知られている。
今、その大音声が、多治比の山里に響く。
「今、安芸武田家は、その兵の数に恃んで、毛利を、多治比を攻め滅ぼさんと来ている! 吉川は有田城にかかりきり! 毛利本家は、おそらく、兵を送れない!」
多治比の兵数、およそ百五十。
そのほぼ全員がうなだれた。
しかし元就は気を落とさず、つづける。
「敵、熊谷元直は猛将だ。兵は六百。生半可な戦いはできない……だが、策はある!」
元就は、新九郎に話した策を告げる。
兵たちは、その策の危なさに目を見張る。
「それでは、御館さまが一番危ないのでは……」
「百も承知だ。だが、この緒戦を抜けなければ、先へ進めん……安芸武田家を斃すことができん!」
おお、と兵たちは唸った。
御館さまは、守るだけではく、安芸武田家を――「項羽」武田元繁を斃す気だ。
それだけ、やる気なのだ、と兵たちの意気は上がった。
元就が抜刀し、出陣の号令を上げる。
「……勝ち目は少ない。だが、無いわけではない! いざ……いざ、出陣!」
*
「――こじき若殿? ふん、初陣前の青二才など、鎧袖一触、ひと息に攻め滅ぼしてくれる」
三入高松城主・熊谷元直は、子飼いの三入高松の城兵に加え、周辺の国人を糾合し、六百の兵を率い、多治比へと襲来した。
元直は、多治比の山里にたどり着き、稲田が今、実りを迎えているのを見ると、火をつけるよう命じた。
「安芸武田家の……安芸守護代の武田元繁さまの命である。多治比は根切りとする。稲などあっても、刈る者がいなくなる……よって田も家も、焼け」
根切りとは皆殺しであり、元直は、多治比の将兵どころか農民まで皆殺しにするつもりであった。
かつ、多治比鎮定を一挙に終わらせたいという目的もあった。精鋭とはいえ、やはり武田元繁本隊から切りなされた別動隊ではある。仮に、毛利本家や高橋久光、果ては吉川家まで出張ってくるようなら、退かざるを得ない。
「が……退くなど、もってのほかよ」
熊谷元直の熊谷家は、源平時代の熊谷次郎直実以来の武門の名家である。元直自身の武将としての誇りもある。
安芸武田家の安芸平定は目前であり、その戦いにおいて、大功を樹てておきたいという野心もある。
元直はそのためにも、多治比の田や家に火をつけ挑発し、多治比元就とその兵が出てくるよう、煽ったのだ。
「出てこい、こじき若殿! みすぼらしく命乞いをするのなら、許してやっても良いぞ!」
元直は、進軍を命じた。
何も反応が無いのなら、それも良い。
このまま、多治比猿掛城も陥としてくれよう。
「……焼け! 燃やせ! 炎と共に、進め!」
馬上、元直が高らかに号令を上げる。
熊谷家重代の兜の鍬形が、炎の輝きを受けて、煌めいた。
瞬間。
その鍬形に。
一本の矢が、激突した。
「……がっ」
衝撃により落馬するのをこらえ、元直は何者と、射手を探す。
その射手は、炎立つ多治比の野に、馬上、超然と弓を構えていた。
元直は、その射手が何者かは誰何しなかった。
この多治比において、元直に弓矢を向ける者、それは決まっている。
「……おのれ!」
元直が馬を馳せ、抜刀する。
「われこそは、熊谷次郎三郎元直なり! いざ、いざ!」
射手もまた、弓を捨て、腰間の剣を抜き放つ。
「多治比少輔次郎元就、参る!」
……永正十四年十月二十一日。
この日より、三日間にわたり、安芸の命運を賭けた戦いが始まる。
それは、有田中井手の戦いといい、国人領主である多治比元就が寡兵を率い、圧倒的多数の守護代・武田元繁の大軍を相手にしたことから、こう称される。
――西の桶狭間、と。




