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西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -  作者: 四谷軒
第二章  安芸(あき)の項羽・武田元繁、起(た)つ
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21/55

21 安芸の項羽

 三入《みいり》高松城、熊谷元直。

 八木城、香川行景。

 そして……己斐《こい》城、己斐宗瑞《こいそうずい》。


 安芸の有力国人が、佐東銀山《さとうかなやま》城、安芸武田家・武田元繁の招集に応じ、馳せ参じ始めていた。

 安芸武田家がさんざん包囲して、なお屈服しなかった己斐宗瑞までが、安芸武田家が安芸を制していることを認め、ようやく屈服したことに、元繁は大いに機嫌を良くした。


「よう来られた……はじめようぞ、わが覇業を」


 元繁は、なみいる諸将を見回す。

 元からの麾下にある、伴繁清《ともしげきよ》、品川信定、山県信春(有田城のあたりを支配していた国人)。

 そして加わったばかりの、熊谷元直、香川行景、己斐宗瑞、粟屋繁宗。

 もう一度見回してから、元繁は、熊谷元直に「猛将と名高い貴殿が参陣してくれるとは」と持ち上げ、毛利家への先陣は貴殿に任せると言った。

 負けじと香川行景は、なにとぞ自分も、と元繁の前へ進み出た。


「焦るな」


 すでに覇王の貫禄を身につけつつある元繁は、鷹揚に行景の肩をぽんと叩いて、自重を促す。


「……そも、わが安芸武田、征く先は、今(・)は(・)ま(・)だ(・)毛利にあらず」


「と申されると?」


 行景の問いに、重々しく沈黙を与えておいて、元繁は告げた。


「まずは、有田城よ。吉川家に盗られたアレを、まず取り返す」


「しかし、吉川家は、城将・小田信忠は、城を返しても良いと……」


 元繁の腹心である伴繁清がそう言ったが、元繁はつまらなそうな表情をした。


「遅い」


 元繁は不快であることを示した。


「第一、吉川家には女《むすめ》を差し出せと言ったのに、一向にその女が来ないではないか」


 元繁は、単に女が欲しくて言っているわけではなく、吉川家が完(・)全(・)に(・)自(・)分(・)に(・)従(・)う(・)という姿勢が無かったことを詰《なじ》っていた。


「これをまず膺懲《ようちょう》する。懲らしめるのじゃ。安(・)芸(・)の(・)国(・)主(・)に逆らうと、どうなるのかを知らしめる」


 さらに、と言ってから、元繁は手にした扇子を、ぱちんと手のひらにたたきつけた。


「有田城を囲む。囲んでおいて……自分ではないと安堵しているであろう、毛利へ兵を向ける。いや、吉田郡山城ではない、多(・)治(・)比(・)へだ」


 元繁には「項羽」という二つ名があり、今、元繁は、そう呼ばれるだけの軍略の才を、その策を開陳《かいちん》した。


「多治比へ兵を出せば、果たして……毛利は兵を出してくるかな? い(・)わ(・)ん(・)や(・)、(・)高(・)橋(・)の(・)兵(・)を(・)お(・)い(・)て(・)お(・)や(・)」


 このとき、高橋家の高橋久光が兵を率いて、毛利家本城・吉田郡山城に入ったことは、安芸武田家の諸将も聞いている。

 高橋久光が出てくれば、この「毛利攻め」も容易ではないと皆、認識していたが、元繁はその懸念を振り払った。


「よいか。多治比は、あのこ(・)じ(・)き(・)若(・)殿(・)の城よ。そう、あの、亡き毛利興元の弟だ。なれば、高橋久光としては、これ幸いと、放っておくだろう」


 高橋久光が毛利家支配を完全なものにするには、現状、毛利家を取り仕切っている多治比元就が邪魔である。であれば、救援には駆けつけまい。


「つまり多治比は、多治比の兵でしか守れぬ。戦えぬ。なぜなら、毛利本家の吉田郡山城は、高橋久光がおさえておる……ゆえに、孤立するのだ」


 そう言いつつも、高橋が出てきたところで望むところよ、と元繁はほ(・)く(・)そ(・)笑(・)む(・)。

 戦っても良い。

 しょせんは安芸ではなく、石見《いわみ》の国人。

 安(・)芸(・)で(・)死(・)ぬ(・)覚(・)悟(・)はないと見た。

 どさくさまぎれに、毛利を盗ろうと火事場泥棒を働きに来ただけだ。

 であれば、この安芸武田家が、「項羽」武田元繁が相手すれば、退《しりぞ》けることなど、容易《たやす》い。


「元繁どの、ではその多治比攻め、拙者にお任せいただけるとのことですな」


 熊谷元直が立ち上がった。

 元繁はうなずく。


「さよう。多治比を熊谷どのに取っていただき、同時に、我、元繁は有田を陥《お》とす。そ(・)し(・)て(・)多(・)治(・)比(・)と(・)有(・)田(・)を(・)根(・)切(・)り(・)に(・)す(・)る(・)の(・)だ(・)……皆(・)殺(・)し(・)じゃ。さすれば、吉川と毛利、いや高橋か……は恐れおののこう、安芸武田家に。しかるのちに、吉川と高(・)橋(・)も、おのずと安芸武田家への完全な臣従へと心を定めよう……そうなれば」


 そこで元繁はいったん言葉を切った。

 京《みやこ》にいる大内義興よ、知るがいい。

 お前は、安芸武田家を甘く見ていた。

 今や、安芸武田家・武田元繁は、雲を得た龍だ。

 誰《たれ》にも止めることはできない。


「……そうなれば、安芸は制したも同じよ。安芸国人一揆は、安芸武田家に臣従させる。安芸はもらった。そして安芸国主として、安芸武田家は、周防《すおう》へ攻め入る!」


 おお、と一同が感歎《かんたん》の声を漏らした。

 周防とは、大内家の、大内義興の領国であり、いわば本丸である。

 長年にわたり、安芸を支配してきた大内家を、逆に攻め入る。

 それは、安芸の国人にとっては、垂涎かつ痛快な壮挙であった。


「京にこだわって、領国を軽《かろ》んじた報いよ。思い知らせてやるのだ、安芸の国人を虐《しいた》げてきて得た栄華を、木端微塵にしてな」


 そして、それで終《しま》いではない、と武田元繁は考えている。

 出雲《いずも》にいて、この元繁を支配している思っている尼子経久を、あの能面のことを頭に浮かべた。

 よくも、恥をかかせてくれおって。

 この元繁、意のままにされるとは。

 今思うと、あんな妄言が無くとも、おれは自立することができた。

 おれの眠っていた本音を利用されただけだ、あの能面に。

 そして今、おれは気づいた。

 あの能面、自(・)ら(・)が(・)安(・)芸(・)に(・)来(・)ら(・)れ(・)な(・)い(・)か(・)ら(・)こ(・)そ(・)、おれを籠絡《ろうらく》して、意のままにしようとしたことを。

 元繁はひとりごつ。


「今はまだ、言えぬ……隠すが……見ていよ……!」


 元繁は、心の中で叫んだ。


 周防の次は、出雲!

 かの尼子経久、おれ……ではない、予を飼っていると思うておる!

 気に入らぬ!

 退治てくれよう……そして予は、西国の覇王として、項(・)羽(・)として、中国に君臨するのだ!


 元繁は笑う。

 その高笑いは、佐東銀山城に、いつまでも、いつまでも響くのであった。

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