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西の桶狭間 ~毛利元就の初陣~ - rising sun -  作者: 四谷軒
第二章  安芸(あき)の項羽・武田元繁、起(た)つ
15/29

15 吉川家の妙弓(みょうきゅう)

鬼吉川おにきっかわ妙弓みょうきゅう

一の矢 二の矢 三の矢と

ねらいは必中

あやまたず


 ……応仁の乱の当時、()吉川とうたわれた、吉川経基の弓の技量うでまえをたたえたうたいである。



 多治比元就は、安芸あき武田家の侵略活動――現時点では安芸南部の己斐こい城への包囲攻撃を止めるべく、兄・毛利興元と、安芸北部にある山県やまがた郡・有田城を攻撃することを画策した。

 有田城は本来、吉川家の城であったが、現在は安芸武田派ともいうべき、山県氏が支配している。

 その有田城を毛利・吉川両軍が攻めることにより、安芸武田家の己斐城の包囲をやめさせる作戦である。


「……果たして、吉川家は、こたびの策に乗ってくれるかどうか」


 吉川家の城・小倉山城へ向かう途中、元就は何度もその説得について想定したが、あまりうまくいく感触がつかめない。

 吉川家を事実上取り仕切っている嫡子・吉川元経は、安芸国人一揆結成時にも、毛利と同調するのを渋ったことがある。

 そうこうするうちに小倉山城へ到達すると、城主の間ではなく、裏へ通された。


「……やはり、何かたくらんでいると思われたか」


 元就は、さすがに殺されることは無いだろうが、さてどうするかと考えていると、ひとりの老人が姿を現した。


「……孫は、忙しい。わしが、相手する」


「……()吉川、経基つねもとどの?」


 当時、九十歳近くなっていた吉川経基だが、この時まだ存命していた。

 応仁の乱において、東軍・細川勝元に従い、西軍との合戦において、豪将・畠山義就相手に死闘を演じたことにより、()吉川として、全国に名を轟かせた男であり、いわば、応仁の乱の生き証人である。また、経基は、応仁の乱の血戦を、その弓を駆使して勝利に導き、それゆえ「妙弓」と号していた。

 この経基の子の国経が、吉川家の当主であり、孫の元経が嫡子である。つまり、宮庄経友や、雪にとっても、祖父にあたる人物である。

 経基はぷるぷると体を震わせながらも、元就に言った。


「……で?」


「で、とは?」


「孫に会いに来た理由わけ


「……ああ」


 元就は、安芸武田家の裏をかいて、有田城を攻める策を告げた。

 経基は、うんうんとうなずいた。


「面白い」


 経基は膝を打った。


「では」


 元就は、現状、吉川家を取り仕切る元経に、伝えてもらうよう、言おうとしたが、経基の反応はちがった。


「さすが……吉川家の妙弓が気に入ったじゃ」


「は……? 妙弓?」


 意味が分からない、と思案顔になった元就を前に、経基は立ち上がった。


「伝えておく」


 そう言い残して、経基は去っていった。

 何だったんだ、あれは、と元就が考えていると、ぱたぱたという足音がして、雪が来た。


「今、ここにおじい様が来なかった?」


「来た」


「えらく上機嫌だったけど、何かあった?」


「何か……って、別にいくさの話をしただけだが?」


「戦……」


 雪が言うには、今朝、経基が「戦の()()()がする」と言って、吉川家全軍に戦支度を命じ、そのため、元経らは朝から忙しく、来客は裏に通すようにしていたが、そのうち、その経基自身の姿が見えなくなった。

 雪が心配して探しに行こうとすると、その裏から経基が出てきて、毛利家の作戦と、それに従うよう告げたという。


「……で、わたくしが裏に来たら、元就さまがいた、と」


「はあ……」


「大体、おじい様は厳しくて、特に戦については厳しくて、いつも『そんなことでどうする』と怒鳴るのに……『面白い』?」


「私が他家の者だから、遠慮するか気をつかうかしたのでは?」


 元就としては、用件は達せられたし、生ける伝説ともいえる吉川経基に会えたし、もう帰るかと腰を上げた。


「え? もう帰るの?」


 雪としては、もう少し小倉山城にいては、と思ったが、次の元就の台詞で、それは一変した。


「ああ、そういえば」


「何?」


「吉川家の妙弓が気に入ったとか言われたが、あれは何だったんだろう?」


 その瞬間、雪は唖然として、そして赤面しながら、声高に言った。


「さ、さ、さあ……し、し、知らない……というか、毛利も戦支度するんでしょ? 早く帰ったら? というか、帰りなさい!」


「いや、だから、今、帰ろうと」


「はい! 兄上! 多治比元就さま、お帰りー! さ、吉川も戦支度を終えなくては!」


 ちょうど吉川元経が、さすがに元就が来ているのなら会わねばと、弟の宮庄経友を伴って裏に来たところだった。だが、雪は彼ら兄二人を押し返し、そしてそのまま兄弟姉妹そろって、裏から消えた。


「……何だったんだ、あれは?」


 元就はぽかんとしていたが、やがて、吉田郡山城へ復命せねば、と小倉山城をあとにするのだった。


 ……元就は知らないことだったが、吉川経基は弓の腕の衰えを感じ、そこで孫たちの弓の腕前を見て、雪が一番優れていると判断し、鬼吉川の「妙弓」の名を、雪に継がせることにした。

 以来、経基は、孫の雪のことを「妙弓」と呼ぶようになっていた。


 そして「妙弓」雪は、祖父の経基には、どうせ誰にも言わないし聞かないだろうと思って、ときどき自分の素直な気持ちを話していたのである。






※今回の鬼吉川の妙弓のうたいは、作者が作ったものです。史実ではありません。

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