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アルカス再建計画、始動

視線を下ろすと、そこにはボロボロの布を纏った一人の少女がいた。

顔は煤で汚れ、髪もゴワゴワだ。だが、その瞳だけは驚くほど澄んでいて、俺を真っ直ぐに見上げていた。


「……おうじさま」


少女は震える唇を開いた。


「あのね、おとうちゃんと、おにいちゃんを、たすけて」


彼女は必死に訴える。


「となりのまちに、しごとにいったの。でも、かえってこないの。『スラム』で、こわいひとたちに、つかまってるかもしれないの」


(……隣町、か)


ガルドが言っていた、隣の領地の貴族が治める商業都市「ベルン」のことだろう。

どうやら、出稼ぎに行ったまま戻らないアルカスの民が多くいるというのは事実らしい。

俺の背後で、セバスが音もなく近づき、静かに耳打ちした。


「殿下。ベルン領はここから馬車で半日の距離です。もし、不当に拘束されている民がいるのであれば……これを取り返すことは、人口問題の解決と、さらなる求心力の向上に繋がるかと」


セバスの眼鏡がキラリと光る。

俺は脳内で素早くソロバンを弾いた。

コスト:他領への政治介入リスク。

リターン:即戦力の労働力(人口)回収、および民心の絶対的掌握。


(……黒字だ。やる価値はある)


俺は少女の前に片膝をつき、目線を合わせて頷いた。

期待と不安に揺れる彼女の瞳に、俺は「理想の王子」の仮面を被って微笑みかける。


「安心しろ。必ず連れ戻してやる」


少女の顔がパァッと明るくなるのを見届けてから、俺は立ち上がった。


***


広場での炊き出しを終え、俺たちは再び館の中へ戻った。

外では、腹を満たした民たちが口々に俺の名を称えながら家路についている。

だが、彼らの瞳に宿っていたのは単なる感謝ではない。「この生活を守りたい」という、強い決意だ。


(よし、これで情報の初動統制は完了だ。次は……技術開発だな)


俺は館の大広間に戻るなり、矢継ぎ早に指示を飛ばした。

まずは集まったガルドたち幹部に向かって、情報の取り扱いについて釘を刺す。


「アルカスの民よ、この石炭とジャガイモについてはこの地の秘密としてほしい。栽培法や採取場所について他言しないようにしてくれ」


俺は低い声で、しかし全員の目を見渡しながら続ける。


「まだこの地の力は弱い、今公開するとハイエナどもに食い物にされてしまう。しばらくの生活に関しては第三王子アレンの名のもと保証するゆえ、安売りせぬように!」


(……というのは建前で、独占利益を確保して市場をコントロールしたいだけだがな)


全員が神妙な顔で頷くのを確認し、俺は次のフェーズに移った。


「ゲイル、様々な問題解決には石炭の発展が不可欠だ。お前は使えそうな人員数名と、その開発に取り掛かってく

れ」


俺は手近な紙に、炭素棒……いや、鉛筆代わりの木炭で図を描きながら説明する。


「まずは石炭の『コークス化』だ」

「コークス……?」


ゲイルが眼鏡の奥の目を細める。


「ああ。鉄の釜や密閉できる容器に石炭をパンパンに詰め、その容器自体を外側からガンガン加熱する。容器から出ているパイプを通じて、ガスや不純物を外に逃がすんだ」


俺は図の「排気パイプ」を指差して、声を低くした。


「そうすることで、石炭は不純物が抜けて純度が高まり、火力は何倍にも跳ね上がる。……何倍も、だ」

「マジかよ……」

「ただし注意しろ。この排出されるガスは、燃料としては優秀だが『見えない毒』が含まれている。絶対に室内に漏らすな。吸ったら死ぬぞ」


「……なるほど、石炭を蒸し焼きにして『不純物を飛ばす』か」


ゲイルは俺の説明を聞き、猛烈な勢いでメモを取り始めた。その目は、新しい玩具を与えられた子供のようにギラついている。

「ガスを逃がして、炭素の純度を高める……理屈は通ってる。そのガスが『見えない毒』ってのも了解だ。排気設備は厳重にする。で、その『コークス』ってのができれば、火力が安定し、硫黄分が鉄に移らなくなる。つまり、粘り気のある最高級のハガネが打てるようになるわけだ」


ゲイルはニヤリと笑った。


「溶接技術ってのも、その高火力があれば金属同士をドロドロに溶かしてくっつけられるってことだな? ……へっ、面白え。シンラの鍛冶屋が腰抜かすような業物、作ってやるよ」


「その通りだ。ただ、売り物に関しては——」


俺は一瞬考え、補足した。


「武器だと相手を利するリスクがある。まずは『高性能な農具』や『壊れない工具』あたりから攻めてみるか。地味だが、職人や農民は喉から手が出るほど欲しがる。何か行き詰まったら相談しろ、知恵は貸す」


「了解だ、大将。……いや、殿下。農具なら数が出せるし、練習にもってこいだ」


技術面の方針は決まった。次は情報だ。


「ヴォルフ、ガルド。私たちに欠けているのは情報だ。今アルカスに残っているもので、諜報部隊として鍛えてものになりそうな者がいないか探せ」


「諜報部隊か。……心当たりはいる」


ガルドは即答した。


「さっき名前を出した狩人のサリだ。あいつは森や山を音もなく移動する。他にも、体が小さくてすばしっこい孤児たちがいる。あいつらは人の目をごまかすのが得意だ。まともな飯が食えるなら、喜んであんたの『耳』や『目』になるだろうよ」


「孤児か……。コストも安いし、忠誠心も育てやすい。ヴォルフ、頼めるか?」


「承知いたしました。正規軍の斥候術を叩き込みましょう。少数精鋭の影の部隊を作り上げます」


ヴォルフが力強く請け負った。そして最後に、俺はセバスに向き直った。

一番聞きたくない、しかし聞かねばならない質問だ。


「セバス、俺の陣営として扱ってよい他貴族はどこだ? リストアップして特徴を教えてくれ。この国の貴族はバカでも腐ってもいない。しっかり私たちの有用性を示せば協力してくれるさ」


俺の問いに、老執事は少し痛ましげな顔をした。

そして、冷静かつ残酷な事実を告げた。


「……残念ながら、現時点でアレン様を明確に支持している貴族は『皆無』でございます」


(……知ってた速報。0票かよ)


セバスは地図を広げ、周辺の領地や有力貴族の勢力図を指し示した。


「王位継承争いにおいて、貴族たちは『勝ち馬』に乗りたがります。保守派は第一王子ヴァリウス様へ、革新派や商人は第三王子リアン様へ。基盤のないアレン様は、彼らから見れば『泡沫候補』。現時点では静観、あるいは侮られているのが実情です」


「泡沫候補、ね。まあいい、伸びしろしかないということだ」


俺が強がると、セバスは眼鏡を光らせて地図上の数点を指した。


「ですが、殿下の仰る通り『問題を抱えた貴族』ならば、付け入る隙はございます。いくつかリストアップいたします」


セバスが挙げたのは、以下の3名だった。


【1. 隣接領:ベルン子爵バーゴ】

場所:アルカスの南、商業都市ベルン。

特徴:貪欲な守銭奴。金のためなら法スレスレのこともやる。

チャンス:「労働力過多と治安悪化」。都市は栄えているが、スラムが拡大し、犯罪の温床となっている。先ほどの少女の家族も、おそらくそこにいる。

攻略の糸口:彼は金を愛している。アルカスの資源、あるいは「厄介なスラムの貧民を引き取る」という交渉が通じる相手だ。


【2. 北の防人:辺境伯家(エンヴァ国境守備隊)】

場所:北東の砦。

特徴:武門の名家。国境防衛を一手に担う。

チャンス:「物資不足と兵の疲弊」。

攻略の糸口:我々の『コークス』と『高火力で打った武器』を最も高く評価し、必要とするのは彼らだ。味方につければ、軍事的な後ろ盾を得られる。


【3. 中央の古狸:フェルゼン侯爵】

場所:王都に近い中央領。

特徴:中立派の筆頭。

チャンス:「老いと食」。最近、食欲減退に悩んでいるとの噂。

攻略の糸口:『ジャガイモ』とレシピ。老人の胃袋を掴めば、中央政界への強力なカードになり得る。


セバスは説明を終え、一礼した。


「まずは、先ほどの少女の件もございます。隣のベルン子爵領は、馬車で半日の距離。あそこに囚われているアルカスの民を取り戻せれば、即座に人口(労働力)を増やせます」


「同時に、ベルン子爵と『対立』するか、『取引』するか……最初外交の手腕が試される相手となりますな」


俺は地図上の「ベルン」を指で叩いた。


「ただ、アルカスのように問題を抱えたところから取り込むのが早い。そのための情報が必要だ」


方針は固まった。


俺たちは、何もない荒野から這い上がるための最初の一手を打つ。

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