捨てられた民が王を作る
しばらくして、扉が開いた。
入ってきたのは昨夜見た銀髪の娘——ガルドの後ろに控えていたあの少女だ。
両手に帳簿と地図を抱えている。
「父上、資料です」
「おう、リーネ。そこに置け」
リーネ、というのか。
彼女は俺をちらりと見たが、特に表情を変えることなく資料をテーブルに置いた。
……うん、やはりカリスマは効いていない。
「娘のリーネだ。帳簿の管理はこいつがやってる」
ガルドがぶっきらぼうに紹介する。事務方か。優秀そうだ。
「よろしく頼む」
俺が声をかけると、リーネは軽く会釈だけ返して部屋の隅に下がった。
愛想はないが、敵意もない。まあ、今はそれで十分だ。
「ではまずアルカスの現状を教えてくれ。人口動態、一芸を持った人の情報、抱えてる問題、全てだ」
俺の問いに対し、ガルドは地図上の拠点を指差しながら説明を始めた。
内容は予想通り、いや予想以上に厳しいものだった。
【人口と構成】
領全体で4,000人。領都には1,500人。
働き盛りの男は出稼ぎか徴兵で不在。残っているのは老人、女子供、そしてガルドのような出戻りの荒くれ者たち。
【人材】
「一芸ねぇ……」とガルドは唸る。
鉱夫頭のガンツ爺さん、狩人のサリ、薬師の老婆。
現場叩き上げのスペシャリストはいるが、全体を統括できる指揮官クラスが不足している。
【抱えている問題】
食糧不足、交易の断絶、そして『北の魔物』。
「特に魔物が厄介だ。最近、国境の山から降りてくる頻度が増えてる。俺たちが夜回りで追い払ってるが、いつかデカいのが来たら全滅だ」
【統治体制】
領内はガルドが掌握しているが、外は敵だらけ。
隣領の貴族はここを「厄介者の捨て場所」と見なし、撤退した商業ギルドが権利書だけ持っているという地雷も埋まっている。
「……なるほどな」
俺は腕を組み、情報を整理した。
リソース不足、外敵の脅威、権利関係のトラブル。典型的な破綻寸前のプロジェクトだ。
だが、解決の糸口はある。
「ガルド、私がここに来た理由を話そう。……3年後の王位継承戦だ」
俺は事情を説明した。3年で成果を出せなければ、俺は失脚し、この地もまた見捨てられる。
ガルドは顎の古傷をさすりながら、ニヤリと笑った。
「つまり、ここでの成功がそのままあんたの王座への道になるわけだ。面白い。俺たち『捨てられた民』が王を作るってのは、痛快な話だ」
俺は続けて、3人の忠臣を紹介した。
「こいつはセバス、私の執務全般を担う。ヴォルフは軍事の要だ。そしてゲイル、こいつは技術の天才だ。石炭の活用は彼が指揮を執る」
「よろしく頼むぜ、団長さんよ」
ゲイルが軽く手を挙げると、ガルドは「フン、腕は確かそうだな」と認めるような視線を送った。
「幸い、その3つの問題と領地外の嫌がらせに関しては、すぐにとは言わないが解決の道筋は立てられる」
俺は指を折りながら解説した。
食糧不足には、大量のジャガイモ。これは飽きないように調理法を工夫すればいい。
交易の断絶には、石炭の真価を見せつける。
そして北の魔物には、石炭による高火力で精製した「強い武器」で対抗する。
「人口不足は……まあ、飯と仕事があれば人は集まるさ」
俺がそう締めくくると、ガルドは立ち上がり、号令をかけた。
「よし、野郎共! 殿下の『宝探し』に付き合うぞ! 手の空いてる奴を総動員だ!」
***
その日の午後、領都は前代未聞の熱気に包まれた。
ガルドの号令で集められた民たちは、半信半疑のまま俺の指示に従い、荒野から大量の「泥だらけの芋」と「黒い石」を運び込んだ。
そして、日没。
広場の中央に組まれた石竈に、ゲイルが石炭をくべて着火した。
ボウッ!!
薪とは比較にならない、青白く猛る炎が立ち上る。
その熱波は、広場に集まった数百人の民の凍えた頬を赤らめた。
「な、なんだこの火は!?」
「離れていても熱いくらいだ!」
どよめきが広がる中、セバスの指揮の下、大量の大鍋でジャガイモが茹で上がる。
俺は自ら柄杓を手に取り、先頭に並んだ老婆の椀によそった。
「さあ、食べてくれ。これはアルカスの大地がくれた恵みだ」
老婆は震える手でそれを口にし、涙を流した。
それを皮切りに、民衆が一斉に食事にありつく。
「美味い、甘いぞ!」「体が芯から温まる……!」
広場は歓声で満たされた。
俺は笑顔で手を振りながら、配膳の列に目を走らせた。
——と、そこで足が止まった。
列の端で、リーネが子供たちに芋を配っていた。
しゃがみ込んで、小さな子供と目線を合わせている。
その横顔が、昼間とはまるで別人だった。
「はい、熱いから気をつけてね」
柔らかい声。そして、ふわりと綻ぶ笑顔。
銀髪が焚き火の光を受けて、淡く輝いている。
子供が両手で椀を受け取ると、リーネはその頭をそっと撫でた。
「お代わりもあるから、ゆっくり食べな」
……あんな顔もできるのか。
俺は不覚にも見惚れていた。
昼間の無愛想はどこへ行った。別人じゃないか。
リーネが次の子供に芋をよそおうとして、ふと顔を上げた。
目が合った。
瞬間、彼女の表情がスッと消えた。
まるで、シャッターを下ろしたみたいに。
「……何か?」
冷たい、というより警戒するような声。
俺は慌てて取り繕った。
「いや、手伝いありがとう。助かる」
「……民のためですから」
素っ気ない返事。視線はもう子供たちに戻っている。
さっきまでの柔らかさは跡形もない。
(なるほど、俺にだけ塩対応か)
カリスマが効いていない。それは分かっていた。
だが、こうも露骨に態度が違うと、逆に気になる。
さっきの笑顔は素だ。つまり、あれが本当のリーネ。
俺に向けられる無表情は——警戒か、それとも単に興味がないだけか。
(……いや、何を考えてる。今は領地経営に集中しろ)
俺は頭を振って、配膳に戻った。
しばらくして、配膳が一段落した頃。
俺が鍋の残りを確認していると、背後に気配を感じた。
振り返ると、リーネが少し離れた場所に立っていた。
「…………」
無言。だが、去る様子もない。何か言いたげだ。
俺が首を傾げると、リーネは小さく息を吐き、ぼそりと呟いた。
「……父を、認めてくれたこと。それと、民のために動いてくれたこと」
一拍、間があった。
「……感謝、します」
それだけ言って、リーネは足早に去っていった。
背中が焚き火の光に照らされて、すぐに人混みに紛れる。
……今の、なんだ?
心臓がやけにうるさい。
(待て待て。これはカリスマ関係ないぞ。素の反応だ。つまり——)
つまり、何だ?
俺は自分の動揺に戸惑いながら、妙に熱い顔を冷ますように夜空を見上げた。
……まずい。これは想定外の変数だ。
広場の隅では、ガルドが熱々の芋をかじりながらヴォルフと話している。
「あの青い炎、ありゃすげえ。鍛冶場の炉に使えば、今まで溶かせなかった硬い鉱石もバターみたいに溶けるぞ」
「ええ。これなら冬の魔物狩りも、防衛戦も変わるでしょう」
軍事面での有用性も伝わったようだ。
俺は気持ちを切り替え、冷静に広場を見渡した。
(……やはり、若い男がいない)
ここにいるのは老人と女子供ばかり。
このままでは、開拓も防衛もジリ貧だ。
労働力の確保。それが次なる課題だ。
その時だった。
小さな手が、俺の服の裾を引っ張った。
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