その8
凛さんが運転する車に、他の三人も乗っている。
BGMはロックだ。凛さんが好きらしい。
心地よいエレキギターの旋律に乗って、ドラムが心臓を殴ってくる。
軽く縦揺れしながら、凛さんは話した。
「咲希。あれを渡してくれ。」
「はい。」
咲希は後部座席の足元をゴソゴソと漁り、袋から何かを取り出した。
「看護師の服です。佐藤さんと桃さん用の。」
「ちゃんと、今から行く稲葉病院の制服として使われてるのを取り寄せた。」
凛さんは少し自慢げにそう言った。
「ちなみに凛は医者役、私は患者役。ホントは私もお医者さんが良かった。」
……彼女らの準備量に息を飲まされた。
卯月さんは、それはもう嬉しそうに目を輝かせていた。
しばらくして、卯月さんがずっと迷っていた言葉を、口にした。
「……あの、」
「さっきは、その……」
「すみませんでした。咲希ちゃん。」
かしこまってお辞儀をした。
「はぁ。」
咲希は間の抜けた、ため息みたいな返事をした。
「今更、初対面の印象が覆せるとでも思ってるんですか?」
「そ、そんな浅ましい思いがあったわけじゃ!」
「ただ、謝りたかっただけで……」
咲希はすこし肩を落としながらも、呆れ顔で言った。
「いいですよ。別に、気にしてません。」
「さっきの私の言い方もきつかったです。」
「よ、よかった。ありがとう。」
卯月さんはほっと息をつく。
卯月さんは嬉々として、言い出した。
「そ、それで、ね?」
「咲希ちゃんを膝の上に乗っけてもいい?」
「何も反省してないだろ! 貴様!」
「まーまー、そんな照れないで。」
「照れとかじゃない! 突き落とすぞ! 車から!」
――無事、咲希は卯月さんの膝の上に収まった。
卯月さんは猫を愛でるように咲希を撫でていて、
咲希もどこかまんざらではなさそうで、それを見て凛さんも少し微笑んでいた。
――稲葉病院。
絶対に着替えてから車を出すべきだった、という不毛な言い争いはともかく
俺たちは病院内を散策していた。
「これ、バレないの? 私たちここの職員じゃないって。」
挙動不審になりながらも、卯月さんは聞いた。
「ここの制服着てるからな。案外バレない」
「まあ、人は他人をいちいちそこまで見ないってことだ。」
凛さんは、慣れた様子でツカツカと廊下を進んでいった。
――
「ここが、不知火医師がよく使う部屋らしい。」
凛さんは慎重に中に人けがないことを確認し、部屋に侵入した。
部屋は書斎のようだ。
コーヒーと消毒液の香りがして、その奥に古いヤニの香りがした。
両面の本棚に囲まれた机の上にはパソコンがあった。
「咲希、お前はPCを頼む。私たちは本棚だ。」
「ちゃっちゃと済ますぞ。ここ見られると一発アウトだ。」
凛さんの指示に従い、証拠となるものを探した。
しばらくして、
「凛、まずいです。……引いたほうがいいかもしれない。」
咲希の声が、一段低くなり、マウスを持つ手が少し震えていた。
「……無理だな。夫人から大量の前金をもらってる。引いたとて社会的に殺されるだけだろうな。」
「何を見つけた。」
三人で、咲希の背中の方に駆け寄る。
その途中で、咲希は言った。
「佐藤さん、桃の目を隠しててください。」
「……たぶん、見ないほうがいいです。」
言われた通りに、目を覆った。
……なんでこの人もされるがままなんだ。
PCの画面には、日誌のような文章がびっしりと並んでいた。
「何か」の記録をつけているようで、
ざっと目を通しただけでも、いくつかの単語が浮かぶ。
――人体実験。
――永遠の命。
――失敗作。
――病院の地下。
理解を体が拒む、心臓が縮こまるような感覚。
全身から冷や汗が湧き出るのを感じた。
ただ、凛さんが言ったように、もうあとには引けない。
それに――俺の予想が正しければ、この「失敗作」は「別の物」として活かされているのではないか、と
……確認しに行くしかない。
「霊安室」がある、病院地下へ。




