その7
翌朝、11時。約束の12時まであと1時間。
「卯月さーん。そろそろ時間じゃないですかー。」
俺は「禁域」と指定した所の外から声をかけた。
「起きてますー? 返事してほしいんですがー。」
……寝てるな? これ
化粧の時間とか大丈夫なんだろうか。
「卯月ー! 桃さーん? 起きろー!」
「あ、猫が部屋の中に! なんて可愛いんだ!」
もちろん、嘘。
「おい! 桃って! 起きろ!!」
「時間! 今日、休日じゃない!」
……だめだ、反応なし。
しばらくの苦悶の末、決断した。
こんこん。返事なし。
ゴンゴン。嫌な汗が出てきた。
ドンドンドン。
……死んでないよね?
勢いよくドアを開け寝室に入ると、パジャマ姿で眠りこけている卯月さんがいた。
「やっぱ、寝てんじゃん!!」
「卯月さん。朝ですよ!」
体を揺すると、反応が返ってきた。
「ううーん。まだ11時。」
もう、11時なんだわ。
「今日、休日……。」
彼女は、それはもう幸せそうに二度寝をした。
「……卯月さん! 今日休日じゃない!」
「やりたいんでしょ! 探偵!」
「探偵さん!!」
そう言いながら、彼女はガバッと起きた。
なんなの、この生き物。
――探偵社前、現在12時半を回った頃。
バッチリお化粧を整え、探偵コーデをしている卯月さんは言った。
「まあ、遅刻は私のせいだとは思いますが。」
「でも、もっと早く起こしてくれてもよくないです? 」
俺は拳を握りしめ、怒りを堪えた。
「……入りづらい。」
「まあ、これ以上遅れるわけにもいかないので入りますか。」
覚悟を決め、インターホンを鳴らした。
ピンポーン
女性の声がインターホンから聞こえた。
「はい。」
「すみません。先日お話した佐藤というものですが」
「……わかりました。少々お待ち下さい。」
ガチャリ、と玄関が開き、そこには白髪の若く小さな少女が立っていた。
高校生ぐらいだろうか。強い意思を持った目をしている少女だった。
なんか、猫みたいな子だ。
……うん? 猫?
「……っ!!」
「可愛い!!!」
卯月さんが、白髪の少女に飛びついた。
う、嘘でしょ?! この女?!
「可愛い! 可愛い! 可愛い!!!」
卯月さんは少女に頬ずりをした。
白髪の少女は焦りながら言った。
「なになになに! ちょ、どなた?! や、やめ、やめて!」
卯月さんは抱きしめる力を緩めない。
「ちょ、怖い怖い怖い! 誰! た、助けて!」
「ちょ、凛! 凛!! 助けて!!! ち、痴女に襲われてる!!!!」
ガチャリ、玄関の奥のドアが開き、凛さんが出てきた。
「何やってんだ? お前ら。」
俺何もしてねぇよ。
――探偵社。
中に入ると、コーヒーの香りがした。見るとカップに湯気が立っていた。
壁一面には本や辞書にファイルバインダー。奥の机には資料の山ができていた。
「ふしゃーーーーー!!!」
「おいどうすんだ。咲希が警戒モード入ったじゃねえか。」
ないだろ、そんなモード。
「や、やっぱり猫ちゃんなのカナ?」
少女は一歩下がり、両手を出して爪を立てる真似をした。
「きゃ、威嚇されちゃった♡」
咳払いをして、白髪の少女は行儀正しく言った。
「葉月 咲希、です。よろしく、したくないです。」
「なあ、もう面倒くさいから依頼内容話していいか?」
凛さんは面倒くさそうな顔をして話した。
「今回するのは不倫調査、そのための潜入聞き込みだ」
「不倫調査、潜入。」
卯月さんは小声で目を輝かせた。
「依頼主は不知火 穂香。旦那の行動に不信感を覚えたらしい。」
「時間通りに帰らず、聞いても手術が長引いたの一点張り。」
「調査対象は不知火 仁一郎。とある大病院のお偉いお医者様だ。」
「何故か、悪い噂は聞かんな。医者なんてそんなのゴロゴロ出てくんのに。」
凛さんはネットリと笑いかけてきた。
俺は生唾を飲んだ。
帰りたい。遊び半分で来るんじゃなかった……
でも、金もらわないと明日から生活できなくなる。
「人が人だ。秘密裏にやりたいし、嗅ぎ回ってることも知られたくない。」
「それで、侵入調査、と」
「そういうことだ。」
凛さんは満足げに頷いた。
俺は冗談めかして言った。
「すみません、安全保障ってあります?」
凛さんは軽く笑いながら答えた。
「安心しろ。ちゃんと私が「責任」とってやる。」
彼女の立ち居振る舞いは、やけに堂々としていた。
さて、潜入調査、開始だ。




