その5 ペットショップ
俺たちは道中の公園で小休止することにした。
コーヒーの温かさが骨身にしみる。
「……卯月さん、動物だと何が、」
「猫。」
食い気味。
「動物だと猫が好きですかねぇ。佐藤さんは?」
「うーん、と」
「猫でしょ?」
表情はおだやかなのに、目だけが刺さってくる。
「まあ、動物全般ならウサギが……、はい」
「猫ではなく」
「犬猫なら、猫が好きです」
「へぇ、なるほど」
彼女の瞳孔がカッと開いた。
「なるほど、ウサギ派ですか! 裏切り者だ!!」
何やら地雷を踏んだらしい。素直に猫と答えておけばよかった。
卯月さんは声のボルテージを上げて言った。
「あんなに愛嬌があって感情豊かで! ベタベタしないあの距離感! あの可愛さがわからないと?!」
「……ウサギだって感情豊かでしょ。指を預けたら寄って来るんですよ? 「なでてー」って」
――しばらく俺たちは、くだらない議論を交わした。
俺は息を切らしながら言った。
「さて、そろそろ、行き、ますか」
「はっ! 逃げるん、ですか?」
彼女も息を切らせていた。
「いや、ペット、ショップで、決着をつけよう、と」
「いい、アイデア、です。生で見たら、きっと、猫派になる、でしょう!」
――ペットショップ。
動物たちが和気あいあいとしている。
おとなしめな子、元気な子、よく寝てる子にものぐさそうな子。
ケージ越しでも性格が透けて見える。
彼女は少し横に揺れながら言った。
「こちらは、可愛い可愛い猫コーナー」
「アメショちゃん。銀色の毛並みに、目の色が映えてキュート♡」
――アメリカン・ショートヘア。
「ロシアンブルー。うちの子はクシャミで火を吹きます」
――ロシアンブルー。……火を吹く。
「マンチカン。ちっちゃい足にくりくりおめめ♡」
――もしかして、この世界の動物は魔法が――
「メインクーン。きれいな毛並みなのに、水魔法使うから拭くの大変」
――筋は通る。……今、水魔法って言ったな。
「はい次、ウサギ。」
彼女は次々に言い捨てていった。
「右から順に、ネザーランドは水、ホーランドロップはなし、ミニレキッスは風、……」
クシュン、ブォー!!
後ろの猫ケージから火炎放射器みたいな音がした。
「ま、待って! お願い待って!」
彼女は口を尖らせた。
「え? 何。まだウサギ見たいの?」
「ち、違う! もう何派とかどうでもいい!」
俺は彼女の肩を持って聞いた。
「ど、動物って魔法使うの?」
「そりゃあ。」
彼女はきょとんとしていた。
「じゃあ虫は?」
「使ってるやつ見たことないですね。」
「犬<猫<ウサギの順に魔法を使える子が多い気はします。」
……癇癪、か?
俺は首をかしげていると、外から泣き声が聞こえた。
出口付近で子供が泣いているようだ。言葉が遠い。途切れ途切れに聞こえた。
「やーだーー!! ワンちゃん飼うの!!」
「もう、見るだけって言ったでしょ?!」
母親はため息を吐いていた。
「いーやぁーだ! 飼いたい!!」
次の瞬間、子供が炎に包まれた。
ひさしに掛かりそうなほどの高さの炎に、おののく母親。
「あ、あの子、癇癪起こしちゃったみたい!」
卯月さんは慌てふためいていた。
「魔法で止めれないんですか?」
「む、むりかも。あんな火力なら、風は逆効果で」
「魔導係に通報! 111!」奥から飛んだ声が、俺の耳を擦り抜けた。
母親は立ち尽くしながら、喉が潰れそうな声で何かを叫んでいた。
俺は深いため息をつき、自分の胸を強く叩いた。
「卯月さん。川に落ちるんで、後で引き上げてください。」
――夜、焼死体を思い出して眠れないとか勘弁だ。
俺は炎に包まれた子供を抱える。
熱で肺が焼かれ、皮膚がただれていくのを感じる。
痛みに喘ぎながら、店の前の川までたどり着き、背中から飛び込んだ。
――
「ば、バカじゃないのかなぁ、あなた!」
卯月さんは右手を振り回しながら怒っていた。
例の子供はふれあいコーナーではしゃいでいた。
「すみません…… 今日薬を飲み忘れてたみたいで」
「い、いえ、お母さんに言ったわけでは……」
俺はタオルで髪を拭いた。照明に照らされ、動物の毛がふわりと浮いている。
「良かったじゃないですか。お互い軽症で済んだわけですし」
「あ、呆れた。全然反省してないし……」
消火器のピクトグラムが目につく。
……そんな余裕はなかったな。
クシュン。
「大丈夫ですか?」
「何がです?」
「いや、クシャミ。やっぱ風邪引いたんじゃ」
なんだか、体が寒い。
「ちょっと!」
鼻の奥が異常に痒い。
「佐藤さん! 大丈夫ですか?!」
視界が白む。動物がちらっと見えた。
「…………?!」
――動物アレルギー。
感覚が記憶を呼び覚ました。
視界が揺れて、頭の奥で何かが弾けた。
――
「わー 可愛いー!」
俺はウサギの動画を見ていた。
「ウサギなんでこんな可愛いかなぁー」
「あ! 前足クシクシッってした! 可愛すぎる!!」
「あぁー、死んでみてぇー」
「死ぬ時はウサギに囲まれて死にてぇー」
そう、俺は動物アレルギーだ。ウサギは飼えない。
――
「ば、馬鹿にしてんのか!!!」
――
その3
「君の意思で君は自由に僕と会話できる。」
――プシュン。
「あんだよ。」
アウトライアーはムッとしていた。
俺は喉から血が出そうなほど叫んだ。
「馬鹿にしてんのかって!!」
「どうでもいいだろうが!! 成人男性がウサギかわいがってるの!」
「何か? 「死にたい」ってとこか? あんなもん軽口だろ?! それぐらいウサギが好きって言う表現でしかないだろうが!!」
「あんな! もんを!! 俺のトラウマ扱いするな!!!」
「いや、落ち着けって。」
アウトライアーは目をひそめていた。
「ざっくり、ヤバそうなとこに錠前かけただけだよ。」
「だから、くだらない記憶が「動物アレルギー」なんて鍵でロックされることも、そりゃある。」
「僕が知ったことか。」
アウトライアーは爪をいじっていた。
――プチュン。
目を開けると、そこはベッドの上だった。
とりあえず死んではないようだ。




