冤罪で二日後に処刑される悪役令嬢に転生したので、【念話】スキルで王城を攻め落とします〜私は今世こそ平穏に暮らしたい!〜
「ナタリア・フォールバーグ。貴様がこれまで行ってきた反逆行為の数々、バレぬとでも思ったか!」
王城に呼び出されたナタリアを指差し、ユーク王子はその金色の瞳でナタリアを睨みつけた。
「わたくしはそのようなこと、しておりません! 殿下……どうして信じてくださらないのですか?」
鮮やかな赤色の長髪を靡かせ、必死に抗議するナタリア。だがユークの心にはもう、己の腕に身を預けてくれているカリアーナの言葉しか届かなかった。
「確かに調査でも、貴様と反乱軍との接触は見受けられなかった。だが貴様は、『念話』のスキル持ちだろう?」
「確かにわたくしは念話を使えます。ですがわたくしは反乱軍と念話など……」
ナタリアがどれだけユークに訴えかけても、ユークはただ嘲笑うだけだった。
「見苦しいぞナタリア・フォールバーグ! 当然、貴様との婚約は破棄だ。それにフォールバーグ公爵も貴様を見限った。此度の件は国家反逆罪、つまり後ろ盾のない貴様は死罪だ!」
そうしてナタリアは、なすがまま兵士に連れて行かれる。その光景に、カリアーナは短い桃色の髪を優雅に靡かせ、勝ち誇った嘲笑を浮かべた。
***
「ん? ここは……牢屋?」
私は目覚めると、分厚い壁と鉄柵に囲まれた薄暗い部屋にいた。
確か私、ようやく仕事が終わって、三日ぶりに家に帰ろうとして……車に轢かれたはず。
重い頭を持ち上げると、明らかに私のものではない赤い髪が垂れてくる。なのにその髪を触ると、この赤髪は私のものであることがわかった。
「赤い髪に、この牢屋……このシチュエーションどこかで……」
「ふっ……無様だな。ナタリア・フォールバーグ」
不意に、地下牢の外から金髪金眼の青年が声をかけてきた。そして、私を呼んだ名前に確信する。
ここ、私が高校の頃にハマっていた乙女ゲームの世界だ。しかも私が転生したのは、どうやら悪役令嬢ナタリアらしい。
「ユーク殿下……ですか?」
「はっ? そうに決まっているだろう。気でも狂ったか? ……まあいい、精々あと二日の命、噛み締めておけよ」
そうして、優越感に浸った笑い声を上げて去っていくユークは牢屋を後にした。
私、後二日で死ぬの? 日本で死んだばかりなのにまた死ぬの? そんなの……。
「ナタリアさんこんにちは」
受け入れ難い現状を嘆いていると、今度は短い桃色の髪をした少女──カリアーナが姿をみせる。そして、嘲るように口角を上げて私を見下ろした。
「わたしの嘘、ユーク様は全て信じてくださいましたね。殿下にとっては、ナタリアさんよりもよっぽどわたしの方が可愛かったみたいね」
かつて公爵令嬢であるナタリアが着ていたものよりもなお華美で高級そうなドレスを身につけたカリアーナ男爵令嬢。彼女は私が無反応だったことが癪に触ったのか、近くに落ちていた小石を私に投げつけた。
……痛い。
「そうやって気取っていられるのも、いつまで続くかしらね」
鼻を鳴らして去っていくカリアーナ。私は血が流れ出る頭部を押さえて、その後ろ姿を見送った。
ナタリアに転生してわかった。ナタリアの記憶を見ると、ユークが指摘した罪は全て冤罪。おそらくそれらの冤罪をユークに吹き込んだのはカリアーナだ。
ナタリアはユークとカリアーナが憎かっただろうな。……その気持ち、私がナタリアに変わって晴らしてあげたい。それに、私もまだ死にたくないしね。
ゲームと同じならば、確かこの牢屋は魔法を封じる効果がある。試しに、魔法の天才ナタリアの体を借りて魔法を行使しようとしたが、やはり失敗してしまった。
「でも、スキルは封じられていなかったはず……」
私は、『念話』のスキルを発動させる。そうして貴族たちに敵対する反乱軍の先導者に思念を送る。彼ならば、私が持つ王城の警備体制とかの情報を餌にすれば交渉の余地はあると思ったからだ。
「えっと、反乱軍の先導者──ダートレイさんですか?」
「なんだ?! 脳に直接声が……」
「ダートレイさんで合ってますね? 私はナタリア・フォールバーグです」
私が名乗ると、ダートレイは納得したように冷静さを取り戻したことが、彼の息遣いからわかった。おそらく、ナタリアが『念話』のスキルを持っていることは庶民にまで広く知られているからだろう。
「ああ、俺は確かに反乱軍のダートレイだ。……それで、明後日死刑になるあんたが、今更俺に何の用だ?」
「私を逃して欲しいのです」
切実に言い切った私の言葉を、ダートレイは笑い飛ばした。
「はっ……そんなことして俺らになんのメリットがある? あんたが貴族だからって、誰もが無条件に言うことを聞くわけじゃねぇんだぞ! これだから貴族のお嬢様は……」
「もちろんタダとは言いません。事前に、私が持つ王城の警備体制についての情報をお渡しします。それから、もし私を反乱軍に迎え入れてくれるのなら、貴族しか入手できないような機密情報も全てあなた方に渡すつもりです」
そう、私は脱獄した後、反乱軍に入るつもりでいる。何故なら私は今、この国──ユスティーク王国全てを敵に回している状態にあるからだ。脱獄が叶ったとしても、私一人ではすぐにまた捕まってしまうのは目に見えている。
「なっ……」
ダートレイは困惑の声を上げた。
まあ当然よね。なんせ今までずっと敵対してきた貴族の、それも公爵家の人間が急に仲間に入れてくれって言ったんだから。
「何故おまえは俺たちの仲間になりたいんだ?」
その返答次第でおまえを助けるかどうか決める。そう言外に伝わるほど、ダートレイの声には威圧感があった。
「生きるため。そして……」
前世では休む間もなく働き続けて、今世では冤罪で死にかけた。
私はのんびり過ごしたいの!
「誰もが安心して暮らせる場所が欲しいから!」
心からの願いが混ざった私の言葉は、どうやらダートレイの心にも深く響いたようで、
「いいだろう! その願い、共に叶えよう!」
ダートレイからは闘志に燃えた返事が返ってきた。
***
ドゴオォォン!
予定通り、ダートレイと話をした翌日の夜に轟音が響いた。そして遠くからは兵士たちの騒ぐ声が聞こえてくる。
約束通り反乱軍が来てくれたのね!
私は鉄柵に寄りかかり、廊下の先を覗き込む。すると、燃え盛る炎の光が差し込む階段の上に一つの人影が見えた。
「あんたがナタリア・フォールバーグだな? 俺はダートレイ。約束通り助けに来たぜ」
「ありがとうございます」
「約束さえ守ってくれればいいさ。……下がってな」
鉄柵の前に立ったダートレイは、その逞しい腕で身の丈ほどの大きな戦斧を振るった。
ガキイィィン……。
鈍い金属音とともに崩れた鉄柵。それを乗り越えて、私はダートレイの手を取った。
「逃げるぜナタリア・フォールバーグ。走れるか?」
「もちろんです。……あと、ナタリアで結構です」
「そうかい。ならナタリア、行くぞ!」
「はい!」
私たちは階段を登り、燃え盛る廊下を走り抜ける。そして、王城の裏口がある調理場の扉が見えてくる。
「あの開いてる扉──調理場に入るぞ!」
私はダートレイに頷き、彼に続いて調理場に入った。だがその途端、急に扉の先で止まるダートレイ。私は勢い余って彼の屈強な背中にぶつかった。
「ダートレイさん? どうかし……」
私は、ダートレイの背中越しに調理場を覗くと、そこにいた二人の姿から目が離せなくなった。
「ユーク殿下に、カリアーナ……」
私の声に振り返る二人は、信じられないものでも見るような顔をした。
「ナタリア……なぜ貴様がここにいる!」
「まさかこの騒ぎもあなたが……」
震える手で剣を握るユークは、カリアーナを庇うように立つ。対して私も、ダートレイの陰から出てユークと向かい合う。
「そうです。この騒ぎは私の指示によるものですよ」
「そんなっ……ナタリアさんは反乱軍となんか繋がっていないはずじゃ……」
やっぱりカリアーナがユークに冤罪を吹き込んだのか。
私はため息を吐いて二人に白い目を向ける。
「私が反乱軍と関わりを持ったのは昨夜ですよ。まあ今はそんなこと、どうでもいいですよね」
そう言って私は、怖気付くユークの剣先に軽く触れる。そして魔力を込めると、剣は一瞬で塵と化した。
「く、来るなバケモノ!」
その瞬間、目にも止まらぬ速さで踵を返したユークは、裏口から逃げるためカリアーナの手を取ろうとした。
ヒュオッ!
「うあぁぁっ……」
「ユークさまぁぁあぁぁ!」
だがその前に、私が魔法で起こした突風でユークの体は空へと吹き飛び、やがて見えなくなった。
「次は……あなたですね。カリアーナ」
「ひっ……わ、わたしはユーク様に唆されただけで、まさかナタリア様がこんなことになるなんて思ってもいなかったんです! 信じてくださいナタリア様」
白々しいなぁ……昨日は牢屋で石まで投げつけてきたくせに。
私は魔法で、カリアーナの頭上に拳くらいの大きさの石を出現させ、落とした。
ゴンッ!
「いったあぁぁい!」
昨日の私と同じくらいの出血をしたカリアーナは、両手で頭を押さえてのたうち回る。私はその光景をしばらく白い目で見守った後、カリアーナもユークと同じように吹き飛ばした。
「気は晴れたかナタリア?」
「はい。ダートレイさん、お待たせしました」
「構わないさ。俺たちは皆、誰かしらの貴族に深い恨みを持ってる。誰も他人の復讐を止めたりはしねぇよ」
***
「この国の王、アルダンリヒト・フォン・ユスティークと、その血縁はみな死んだ。死亡確認できていないのは、ナタリアが吹っ飛ばしたユーク・フォン・ユスティークだけだ」
私は今、反乱軍の人たちとともに王都近郊の丘の上から、業火に包まれ崩れてゆく王城を眺ている。
「だがたとえユークが生きていたとしても、王座を奪うために有力貴族が裏で殺しにかかるだろう」
そうか。ユークとカリアーナは後ろ盾を失って、むしろ他の貴族から命を狙われる身になったのか。……これで少しは、ナタリアの無念を晴らせたよね?
私は心の中でナタリアという人格に別れを告げ、隣に立つ反乱軍の指導者ダートレイに向き直る。
本当はのんびり暮らしたかったんだけどな……。でも私は、もう反乱軍という道から引き返すことはできない。
それなら自分の手で平穏な暮らしを掴み取ろう。全ての悪徳貴族を断罪して、反乱軍が英雄になるその日まで──つまり私がのんびり暮らせるようになるその日まで……。
私はダートレイに手を差し出して微笑んだ。
「私はナタリア、ただのナタリアです。反乱軍のみなさん、改めてよろしくお願いします!」
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