7.その後
そんな2人の結婚から4日後に届いた早馬は、伯爵とティツィアーナの登城を求めるものだった。要件は、「行き遅れた『空っぽ』のティツィアーナに伴侶を探してやる」ことを、遠回しにいかにもらしく飾り立てた言葉で伝える物だった。
マウリツィオを除く伯爵一家は何事かを察したが、世の中知らない方が幸せな事もある、と触れなかったし、今後の腹芸はマウリツィオの嫁に任せようとそっと心に決めた。
ともかく正式な結婚証明書は無事手に入れたので、良くない事はさっさと片付けるに限る、と父伯爵と娘夫婦で向かおうとしていたところに、もう1人旅の仲間が加わった。
所用での登城のための移動中に「子爵家三男と伯爵家長女という家を継がない者同士の結婚を街ぐるみで祝って自然発生で三日三晩続いたお祭り騒ぎ」という珍事に巻き込まれた、父伯爵の母方の遠縁の子爵家当主だった。気になって伯爵家に立ち寄ったと言うので調べてみたら、血縁関係が発覚した。
そこで「そろそろ引退したいのに息子夫婦が早逝して跡継ぎがいないから、ティツィアーナを養子に迎えたい」と申し入れてきたのだ。ティツィアーナもイラーリオも平民になって国中を巡るつもりだったが、「孫息子が爵位を継ぐまでの数年のみで」と望まれたので受け入れた。
それで王家の承認を得るために、この子爵も連れて一緒に城に上がることにした。
馬車でのんびり1週間の旅。父伯爵と親戚のオジサンが向かいで昔流行った遊びの話題に盛り上がる中、結婚してからも別居していた新婚夫婦はちょっとした旅行気分で楽しく移動し、無事辿り着いた王城。
麗しの王子殿下に愛しの旦那サマをご紹介して縁結びをお断りしたティツィアーナは、本来なら結婚証明書の提出と共に貴族籍を抜けるところを、そのまま短期間の爵位継承を前提とした養子として移籍する承認も取り付けた。
王子の後ろではグリエルモが顔色を悪くしていたが、「あら、具合が悪いのですか?最近暑くなってきましたものね。ご自愛あそばせ」と素知らぬ顔して気遣っておいた。
そしてあのティツィアーナからの不穏すぎる求婚状。それはイラーリオへの最後通牒でもあったのだが、別の視点から見ればやんごとなき方々の非道な計画を覚ってからしたためたと分かる証拠にもなり得たため、ティツィアーナが火を着ける前の清めの火の輪に手ずから編み込み、女神の御許に送られていた。
ティツィアーナとイラーリオの2人が伯爵の遠縁の子爵家を切り盛りする4年の間に、男女1人ずつのとても健康な子供に恵まれた。イラーリオに似ず無鉄砲で誠実な男の子と、ティツィアーナに似ず慎重と見せかけて大胆な女の子だ。2人とも貴族に相応しい魔力を持って生まれた。
そして約束通り子爵の直系に爵位を返した後は、執務の合間に書き溜めていたとある文書を本に仕上げて出版した。
ティツィアーナの伯爵家とイラーリオの子爵家の庭と周辺の地域で捕まえた虫の図鑑と、子供たちがまことしやかに語り継ぐ噂話をまとめた本だ。これにはもちろん2人 (とマウリツィオ)の子供時代の失敗談も挟み込まれている。
どちらの本も貴族平民に関わらず老若男女に愛され、大人に至っては貴族も平民も「イラーリオ(もしくはティツィアーナまたはマウリツィオ)と同じ事をして叱られた」と笑いながら友と酒を汲み交わしたとか。
ティツィアーナにとっての冷酷貴族代表のようなグリエルモであったが、後に1人で公爵家を継ぐと、親族から優秀な子供を跡継ぎに迎えた。
そして40半ばに差し掛かる頃に公爵領で起きた災害をきっかけに、人生の大きな転機を迎える。
長雨に負けて崩れて川を堰き止めた岩石を、全力の魔法で破壊して川の流れを変えたところ、魔力を使い切って1週間寝込んでしまった。そしてそれ以降、魔力過剰の症状がすっかり落ち着いたのだという。
そもそもの母数が少ないために検証されていなかったのだが、つまり、命にかかわるほど魔力が多すぎて不安定な者は、一度倒れるまで使い切ってみれば良いだけ、という話だったのだ。道理で生贄制度が廃れたわけである。
その後爵位を養子に譲って王城に復帰すると、若い頃の恋人の1人に再会した。彼女はグリエルモの魔力過剰体質の影響で身体を壊してから、療養のためと言って貴族社会を離れて暮らしていたという。王城で告げられた彼女の「私が生む子供がいなくてもいいから、今度こそ死ぬまであなたと一緒に生きたい。私の知らない所で勝手に死なないで」という涙ながらの情熱的な愛を受け入れて、50目前にして初めての妻を迎えた。
ティツィアーナを生贄にしようとしていたあの顔を見た者が王子の他に居たかは知らないが、あの頃からすると、人が変わったように愛情豊かな男になったという。
そしてこちらもまたティツィアーナにとっては目的の為なら手段を選ばぬ悪逆無道代表たる王子は、生贄計画が儚く崩れ去り一時は人知れず気落ちしたものの、以前と変わらず心中を隠して魔力を器用に調整しながら生きる友人を見て気持ちを切り替えると、物事を様々な角度から捉えることを心がけて公務に励んだ。
父王からその座を継いだ後は、安定した治世を築いた。若い頃に片鱗を見せていた強引な手腕は、いつしかすっかり鳴りを潜めたとか。
貴族をやめたティツィアーナとイラーリオには彼らを領地に呼び寄せてまで新刊を書かせようとする貴族が現れたというが、そんな貴族の申し出を受けたり受けなかったりしながら、家族で自由に国を巡った。
その後は故郷のあの教会のある街まで戻り、我が子らのための花婿の清めの火の輪を作って巣立ちを見送ると、次の花嫁のためのベールに針を入れて仕立てたり、時折湖に出かけたり気まぐれに遠出しては新刊を書いたりして、ずっと2人で仲良く暮らしたという。
ティツィアーナの「幽体離脱」は、遊び回って帰ってこない子供たち(それがいくつまでだったかは内緒)を探すのに活用したのが最後だったとか。
しばらく後に王家にも「空っぽ」の王子が生まれたが、かの有名なおもしろ作家夫婦の前例があったことから、冷遇も酷遇もされることなくのびのびと育てられ、民に慕われる立派な王様になったという。
おしまい
「イラーリオと結婚する!」というセリフが頭に浮かんだことで全てが始まりました。まずは「イラーリオ」が人名なのかを調べるところからです。幸いイタリアの男性名にあったので、全員イタリア人の名前で揃えました。貴族の名前は文字数多め、にこだわって決めました。
この物語冒頭のセリフには最初もうちょっと踏み込んだ表現もあったのですが、書き進めるうちに無くても伝わる気がしたので消しました。これで間違いなく全年齢です。
短編のつもりで書き始めたのですが、なんか途中から楽しくなっちゃって調子乗ってめちゃくちゃやっていたら、キャラクターがそれぞれ勝手に走り出して止められなくなりました。親戚のオジサンが突然出てきたり、みんながあちこち行ったり来たりするのを追いかけているうちに、街の人々が盛り上がって話がどんどん伸びていきました。最後には嫌なやつも勝手に幸せになってるし。勝手に。
これ以上は蛇足しかなさそうなので5日書いて終わりにしました。
結局、「次の花嫁はアナタ!」という新たな伝統も生まれたようですね。
ちなみに私自身は虫が苦手なので、ティツィアーナの趣味はあんまり分かりませんでした。
(6/29訂正 投稿後に表示が変なことになっている所を見つけたので修正しました。7/01「三日三晩続いたお祭り騒ぎ」の部分の言い回しをちょっと変えました。 9/7久々に読み返して、辻褄が合わないところを修正しました。)