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【完結済】幽体離脱がもたらす2人の未来【番外編追加】  作者: 阿寒鴨


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5.教会で

 教会の鐘が10時を告げる頃、ティツィアーナの家族がやって来た。両親に兄夫婦と甥。それぞれの夫婦で揃いの、ささやかな祝いの席に相応しい装いだ。

 母と兄嫁はにこやかに、父と兄は、何も始まっていないうちから鼻をかみながら馬車から降りてきた。

 家族を出迎えて礼拝堂に戻ったティツィアーナはさっきまでと同じ最前列の長椅子に腰を下ろすと、神父に昔挙げさせたカブトムシの結婚式のその後を、身振り手振りを交えて懐かしく語って聞かせた。帰り道の馬車で籠から出したらめちゃくちゃに飛び回った末に、少しだけ開けていた窓から逃げ出して、別々の方向に飛び立ったのだ。あれはまさしく愛の逃避行であったと。


 そうこうしているうちに教会の前に子爵家の馬車が2台続いてやって来て、1台目の馬車が止まり切るのを待たずに転がり出てきたのはイラーリオだ。貴族の子息の婚儀に相応しい衣装には、袖にティツィアーナの髪と同じ色で刺繍が施され、ティツィアーナの瞳と同じ青いボタンが縫い付けられている。

 家族が降りるまで待つことなく礼拝堂に飛び込むと、ティツィアーナはちょうど、昔神父に祝福を授けてもらったカマキリの卵の話を聞かせているところだった。宝物を入れていた箱が大変なことになって、母と使用人にしこたま怒られたという苦い思い出だ。そのカマキリはイラーリオも小瓶で貰い受けた。


 正午が近付きステンドグラスを抜けた光が床を眩しく照らす中、ティツィアーナの家族らが座る長椅子を通り過ぎ、イラーリオは礼拝堂の正面に座す女神像に頭を垂れる。

 ここで子爵一家も追いついた。


 イラーリオは姿勢を正してからティツィアーナの前に跪くと、微笑む彼女の手を取って、その(うる)んだ青い目を見つめて、不器用で真摯で誠実で、少しばかり臆病ゆえに遅れてしまった愛の言葉を贈った。

 そんな彼の愛を受け取ったティツィアーナは、のびやかで柔らかな、昔イラーリオの優しさに救われた、その素直な心で包んだ、彼より少しばかり重たい愛の言葉を返した。


 女神と神父と2人の家族の目の前で交わされた愛の誓いは、近頃耳が遠くなってきた神父史上最速で、正式な結婚証明書として発行された。



 これを後日王城に上がって2人で直接提出すれば、今日まで遡って国も公認の夫婦になる。

 貴族の婚姻には血統管理のための婚約と国の承認が付き物であるが、跡継ぎでもなく婿取りでもなく、国が特別に睨んでいるでもない家の次男次女以下の婚約は、貴族の中では比較的自由である。血が近すぎずそして教会で正式に認められた夫婦という証明書があれば、犯罪を隠す目的でもなければ、事後報告でも認められる。

 婚約してからの婚姻では間に合わないティツィアーナは、この制度を(ただ)しく利用したのだ。

 教会で正式に発行された結婚証明書があれば、名実ともに正式な夫婦である。いくら王子や公爵家でも、罪無き新婚人妻を取り上げるのはあまりに外聞が悪いし、すでに「空っぽ」でなくなっている恐れがある女を娶るのは「由緒ある血を間違いなく繋げる」ことが目的の婚姻には向かない。


 とはいえ今のティツィアーナは、もうそんなことは頭の片隅にもない。待ち焦がれた日がやっと来ただけなのだから。



 お気に入りの真っ白のデイドレスは金色と若葉色の刺繍で全面が埋まる前に日の目を見たし、向かい合うイラーリオは昨日今日で用意したとは思えない、彼女の色をまぶした立派な衣装を身に付けている。

 本当は彼女好みのウェディングドレスも仕立てたかったのだが、その代わりにいつからあったのか両家の母と兄嫁たちが丁寧に針を入れた新婦のヴェールが、そっとティツィアーナの顔を覆う。


 イラーリオに差し出された指輪を互いに付け合うと、目を上げて彼の少し乱れた金の髪を指で撫で整えてやって、若葉の瞳を一瞬見つめてから、ティツィアーナ自らヴェールを押し上げてその頬に唇を押し当てた。

 流石のイラーリオもこれには面食らったが、はにかむティツィアーナをぎゅっと抱きしめると、額を合わせて彼女にだけ見えるように悪い男の顔をうかべた。そして不意にティツィアーナ横巻きにして歩き出すと、背中で扉を押し開けて礼拝堂を飛び出した。

 イラーリオは急に光を浴びて目を眇めた彼女を立たせて花嫁のヴェールを取り払うや、熟れた果実のように色付いたその唇に口付けた。


 正午の鐘が鳴る。


 途端、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 2人が驚いて見回せば、そこにはいつも街で見かける人々の満面の笑み。子供たちは大人の肩車で手を振り、幾重にも重なる人の波は、皆口々にティツィアーナとイラーリオを祝福している。何人かはホクホク顔で、なにやら酒を手にしているような者まで見られる。

 家族だけで済ませるはずの結婚は、いつの間にやら街中に知れ渡ったのだ。

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