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【完結済】幽体離脱がもたらす2人の未来【番外編追加】  作者: 阿寒鴨


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4.ティツィアーナの脅迫状

 そういう訳でティツィアーナは、まずは両親に先触れを送って幼い頃との違いを見せつけてから、父の執務室で声高く、イラーリオとの結婚を宣言したのだ。


 ティツィアーナは夜のうちにイラーリオに手紙を書き、父には子爵家当主に宛てた格式高い正式な求婚状を準備させ、朝起きるなり一番速い馬を選んで子爵家まで走らせた。

 そして顔色の悪い父と機嫌の良い母、またしても何も知らないマウリツィオに、察しの良い兄嫁と共にいつもより少し豪華な朝食をとり、全身を清めてお気に入りのデイドレスに身を包むと、母と侍女の手で髪と化粧を整えられた。


 母は娘が久しぶりに余所(よそ)行きの顔に仕上がった様を満足げに見つめてから、そっと眉をひそめて「大丈夫だとは思うけれど、イラーリオが来なかったら大変ね。そもそも屋敷にいるのかしら?」と漏らした。

 忙しく片付けていた侍女と使用人はぎょっとして一瞬動きを止めたが、ティツィアーナは気にしない。

 まるで見てきたかのように「心配ないわ。どうせ今朝も早くから湖を眺めているでしょう」と返す。新月の翌朝の朝露を、妖精が集めに来るとかなんとかかんとか。

 結局「幽体離脱」を悪用しているのはティツィアーナである。



 伯爵とティツィアーナからの求婚状は、子爵家が和やかに朝食を楽しんでいる最中に届いた。

「当主宛ての火急の要件」と言うのですぐに確かめると、伯爵からの丁寧で格式高い正式な求婚状とともに、ティツィアーナからイラーリオに宛てた手紙が1枚同封されていた。

 ティツィアーナからの手紙にはこう書かれていた。


 ――――――――――――――――

 私の愛するイラーリオ様へ


 あなたの可愛いティツィアーナが余所(よそ)の男の物になって無惨に殺されるところを見たくなければ、覚悟を決めて街の教会へお越し下さい。

 今日の正午の鐘までお待ちします。


 あなたのティツィアーナより

 ――――――――――――――――


 伯爵が突然の求婚を詫びる一方で、まるで誘拐犯からの脅迫状のようなティツィアーナの求婚は、子爵家の食卓を大混乱に陥れた。

 イラーリオが声に出して読むのを聞いていた子爵は椅子から転げ落ち、夫人はイラーリオを()めつけながら玉子の代わりにパンにナイフを突き立てて山賊のようにかぶりついた。食堂に控えていた使用人らはこれ以上ないほどに目を見開いて互いに顔を見合わせ、イラーリオの上の兄は真っ青になって「ワーッ」と叫ぶ。そして目を丸くする妻と娘を残して屋敷を飛び出し、自ら馬に(またが)って、婿に出た双子の弟を呼びに走った。

 肝心のイラーリオといえば、手紙を読みながら顔を青くし、続いて目尻から頬、耳、首まで順に真っ赤に染めながら手紙を胸ポケットにしまうや、まるで水をがぶ飲みするかのように朝食を平らげて私室へ駆け戻った。



 一方、一足先に身支度を終えたティツィアーナは、母と兄嫁に見送られ、春の終わりのよく晴れた空の下、優雅に日傘を差して二人乗りの馬車に乗り込んで街の教会へと向かった。

 街の教会は伯爵邸からだと街を横切って行くことになる。


 そんな街の門をくぐった途端に、顔見知りから「ティツィアーナお嬢さま、おめかしなんかしてどこに行くんです?」と声をかけられるので、ティツィアーナは馬車は止めずにしかし丁寧に「これから教会に行くのよ」と答えるも、5人を数えたあたりから面倒になった。もう声をかけてきそうな顔を見たら、相手が何かを言う前に先手を取って「教会に行くのよ!」と声を上げた。

 そうして教会までの道をずーっと「教会に行くのよ!」と言い続けることになるかと思ったが、道の半ばに差し掛かる前で合流した子供たちがティツィアーナの代わりに「お嬢さまは教会に行くぞ!道を空けろ!」と叫び続けてくれたので、幸いにも喉を潰さずに教会に辿り着くことが出来た。トンボ捕りのコツを教えたからか。義理堅い子供たちだ、とティツィアーナは思った。


 そうしてついに教会の前で止まった馬車を淑女らしさの欠片もなく飛び降りたティツィアーナは、その勢いのままに礼拝堂に飛び込む。そして近頃耳が遠くなったとぼやいている神父のために声を張り上げた。

「神父さま!結婚証明書の準備をして!今日よ!立ち会って下さいな!」


 ちょうど朝の礼拝を終えたばかりの神父は、ティツィアーナの顔を認めると「なんじゃ!今度はクワガタの結婚か!」と尋ねたが、彼女の「違うわよ!クワガタはもうみんな子供たちに譲ったわ!私の結婚よ!」という返事に驚いたのは、神父だけではなかった。

 居合わせた礼拝者は皆弾かれたように立ち上がり、互いに顔を見合わせて誰からともなく頷き合うと、礼拝堂を飛び出して、扉の隙間から覗いていた子供たちをつれて蜘蛛の子を散らすように走り去った。


 1人残された神父は落ち着きなく歩き回り、繰り返し繰り返しティツィアーナの正気と意図を確かめた。

 しばらくして、間違いなく哺乳類同士で人間同士の結婚の話であると確信してから、助祭に命じて結婚証明書の準備を始めた。






(6/29修正。クワガタとカブトムシが混在していたので、クワガタに揃えました。 10/22今更ながら誤字を見つけたので訂正と、一部表現を変更しました)

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