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3.やんごとなき方々のはかりごと

ちょっとだけ酷い話をしています。






筆頭公爵家嫡男、グリエルモの朝は早い。

鶏が朝を告げる前に一人起き出して身支度を整えると、まずは屋敷の中庭で木剣を振るう。家人を起こさぬ程度に魔力を使って汗をかくまで体を動かしたら、風呂場で自らの水魔法を使って汗を流し、私室に戻って本を読む。国の歴史であったり、公爵家の歴史であったり、その時気になった物を選ぶ。しばらくすると家人も起き出してくるので、食堂に移動して家族で朝食をとる。

午前中は父公爵のそばで実務を学び、昼食も家族でとった後は、魔法で補助した馬車で城に上がる。

王城では第一王子のそばで執務の支援をし、資料集めや書類作成に精を出す。王子の休憩中は王城の図書館で魔法の灯りを灯して本を読む。

教会の鐘が6回鳴るまで執務室と資料室を忙しく往復したら、再び魔法で補助した馬車に乗って屋敷に帰る。

玄関で上着と荷物を使用人に預け、風呂場で準備されていた湯を水魔法で冷まして浴びれば、自然とため息が漏れる。

身支度を整えたら食堂へ向かい、家族と共に夕食をとる。1日の終わりの甘味は格別だ。濃いめに出された紅茶とよく合う。

ワイン片手に家族と今日の出来事を共有し、私室へ戻る。

しばらく本を読んだ後、部屋一面に魔法で星空を映し出し、日付が変わる前には静かに布団に沈む。


王家に連なる血筋で、広大な領地を治める筆頭公爵家の嫡男、第一王子殿下の友人にして右腕、眉目秀麗、魔力は国一番と目されるグリエルモ。

そんな誰が見ても王族に次ぐ優良株である彼もまた、28歳にして独身である。

ティツィアーナが「空っぽ」で生まれたために婚期を逃しているのに対して、グリエルモは「満杯」のために伴侶を見つけられずにいる。

貴族の世界では魔力は有るのが当たり前で、少ないより多いほうが好まれる。しかし「満杯」というのも問題がある。1日に何度も細かく魔力を放出せねば、溜まった魔力が周囲の人間に悪影響を及ぼし、暴走すれば命に関わることもあるのだ。

過去にグリエルモと同程度と思われる魔力量の者もいたそうだが、周囲を巻き込むほどの暴走を起こした末に、成人を迎える前に命を落としている。

そしてこれまでにいた恋人たちも、グリエルモの魔力に当てられて体調を崩し、関係が長く続くことはなかった。

いくら優良株とはいえ命を賭けてまで嫁ごうとする娘など公爵家とはとても釣り合わない家の者ばかりで、いよいよ親戚筋から養子を見繕うかというところまできている。


そんなある日、グリエルモは他国の貴族を招いた晩餐会に呼ばれた。

王城の豪華な料理に舌鼓を打ちつつ、異国の客人の珍しい話に耳を傾ける。和やかな晩餐と客人への挨拶を終え、主に下城の挨拶をしようとしたところで執務室へ戻るように告げられた。


長く続く廊下の灯りを気まぐれに灯しながら進み、合図を待って執務室に入る。

応接机には昼間は無かった古ぼけた本が置かれていた。

「200年前に消滅した古い国の本だ。今日の客人から借りた。軽くでいいからお前も読んでみろ」

ソファに腰掛けつつ王子が言うので、グリエルモも向かいに座り、手に取って流すように読み始める。

国の成り立ち、土地に合う作物、王族と主立った貴族の家系図、大きな災害、他。本も終わりが見えてきた頃、ある項目で目が止まった。

「魔力過剰体質…生贄制度…?」

王子が静かに頷いたのを目の端に認め、読み落としのないように、一言一句噛み締めるように読み進めた。

行ったり来たりを繰り返し15分ほどが過ぎたころ、グリエルモは深く息を吐き出すと、絢爛な柄が描かれる天井を仰ぎ見て、左手の甲で額を抑えるようにしてから強く目を閉じた。


「分かったかグリエルモ。お前に必要なのは『空っぽ』の娘だ。早馬を走らせれば5日後には父親の伯爵の元に届く。2週間後には王城に上がるはずだから、一目惚れしたとでも言ってあの娘を娶れ」

「あぁ…あの娘…成人の儀で一度見ましたね。公爵夫人としてはいささか器量不足のようでしたが、市井で空っぽの娘を探すわけにもいきませんし、背に腹は代えられませんね。同じ貴族であるならば、跡継ぎの一人でもできれば十分でしょう」

「では明日一番、私の名で召喚の書状を出す」


2人はグラスのワインを呷ると、声を潜めた。

「しかし…魔力過剰体質の男に空っぽの娘を充てがえば余剰魔力を移すことができるとは…こんな簡単な方法が、なぜもっと早くに広まらなかったのでしょうね」

グリエルモの疑問に、王子は僅かに眉をひそめた。

「お前、最後まで読んだか?充てがわれた娘は、男から受け取った魔力と授かった子供が持つ魔力で自身の限界を超えた結果、例外なく出産で命を落とすと書かれているだろう。流石にこれを堂々と知らしめることは出来ん。私もこんな手段をお前に勧めたと知られれば、国民の目が厳しくなるのは避けられんからな。絶対に漏らすなよ」

「ですが、魔力を多く持つ人間が生き残り、血を繋ぐことが出来るならば、空っぽの娘1人2人の命など、比べるべくもないでしょう。…まあ間違っても漏らしはしませんのでご安心下さい」

気に留めることもない、と語る冷たい瞳に、流石の王子も「空っぽ」の娘が気の毒に思えた。しかしだからと言って、国随一の豊富な魔力を持ち公爵家を継ぐこの男の血を絶やすのも勿体ない。娘1人の幸せには目を瞑ることにした。



という2人のやり取りを、王子のいかにも上等な執務机に腰掛けて眺めていたのは、当の本人ティツィアーナ。

なんだか胸騒ぎがするのでいつもより早く布団に潜り込んだところ、今まで見たこともないほど遠い所まで意識が飛ばされたのだ。

これはもはや「幽体離脱」とは呼べない。こんなに離れたら死んでしまう心配もあるのでは、と慌てながらも気付けば成人の儀以来上がったことのない王城にいて、晩餐を終えた王子とグリエルモを眺めていた。

ティツィアーナの人生でもう二度と関わることのないはずの高貴な方々の(かたわ)らまで飛んできたのだ。きっと何か意味があるのだろうとそのまま跡をつけたところ、こんな恐ろしい話し合いの場に居合わせてしまった。

国一番と呼ばれるほどの魔力を持つこの男なら、ティツィアーナの気配に気付いてしまうかもしれない。そうなれば何らかの罪状をでっち上げて囚われ、計画通りに使い捨てられるだろう。

幸いまだ勘付かれてはいないようなので、さっさと帰ってその目論見の最低条件から崩してやることにした。

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