第8話 叱責
エリーゼはラインハルトによる結婚宣言が終わった後、一足先に自室に戻っていた。
するりと手袋を外すと、そのままベッドに寝転がる。
(ああ……あんなに人に注目されたのは初めてかもしれない……)
ベッドの上で両手を大きく広げると、目をつぶった。
脳裏に浮かぶのは先程までいた広場の光景である。
(すごい歓声だった……)
静かなこの部屋に来た今でも幻聴のように聞こえてくる声の波。
拍手をする人々やエリーゼとラインハルトに声をかける者もいた。
そんな中でエリーゼは少し気になったことがあった。
(でも、いい顔をしていない人がいた。睨みつけられているような気がした……)
広場の真ん中、そしてエリーゼたちに最も近い場所でいた老人たちは、祝福していなかった。
やがて、老人たちは拍手する人々をかきわけて、早々に去っていったのだ。
エリーゼは気になって傍に控えていたクルトに尋ねる。
「私、睨まれていたような気がしたんだけど、気のせいかな?」
「その方々はおそらく元老院の皆様でしょう」
「元老院?」
エリーゼはクルトに質問を続けながら、ベッドに座った。
サイドテーブルにあった水をクルトから差し入れられると、それを飲んで彼の言葉を聞く。
「元老院はヴァンパイア界で最も近い組織であり、何千年以上も王を支え続けている存在です」
「何千年も……」
途方もない年月を聞き、エリーゼは少し困惑した。
(何千年も生き続けているということ? それとも世襲制とか?)
そんなことを考えながら引き続き尋ねる。
「その元老院はラインハルト様をお支えする組織ということでしょうか?」
「表面上はそうなります」
「表面上は?」
(どういうこと?)
エリーゼが聞き返したと同時に、扉が開く。
「基本的に元老院はなんでもできるラインハルト様に嫉妬してるしょーもないやつらよ」
「アンナちゃん……!」
部屋に入ってきたのはアンナだった。
そうして近くにあった椅子に座ると、足を組む。
「ドレス、よく似合ってるね」
エリーゼがそう声をかけるも、不満そうに返事をする。
「ふんっ! ていうか、『ちゃん』って呼ぶのやめてちょうだい。アンナにして」
「わ、わかった」
エリーゼは気圧されながらそう答えると、アンナは目を細めて言う。
「で、あんなここで何やってるのよ」
「え?」
「下で待ってるわよ、あいつら」
「あいつら」というのがヴァンパイア貴族たちであるとエリーゼは理解した。
王の妻となった彼女に気に入られようと、皆下心を持って挨拶をするために待っているのだ。
「はい、でも私一人で何をお話したらいいのかわからないし、ラインハルト様にお聞きしてから……」
そうエリーゼが呟くと、テーブルに大きく叩いてアンナが立ち上がった。
そのまま彼女はエリーゼへと近づくと、エリーゼの胸倉を掴んで美しい顔を近づける。
「何甘っちょろいこと言ってんのよ!」
アンナの怒号が部屋に響き渡った。
「アンナっ!」
「あんたは黙ってて!!」
すぐさまアンナを制止しようと声をかけたクルトだったが、彼女が黙るように指示した。
クルトを鋭い眼光で牽制すると、今度はその瞳をエリーゼに向ける。
「あんた、ラインハルト様の妻なんでしょ!? ただの妻なんかじゃない、【ヴァンパイアの王妃】なのよ、あんたは!」
エリーゼはアンナの言葉に目を大きく開いた。
「世のヴァンパイアの女たちが喉から出るほど欲しい座にあんたは今いるの! それなのに……なにより、ラインハルト様の妻に……なんであんたなんか……」
「アンナ……?」
「【ヴァンパイアの王妃】になる覚悟がないなら、今すぐここから去って!!」
アンナはそれだけを言い残し、扉を荒々しく閉めて去った。
残されたエリーゼは、俯いて唇を噛みしめた。
「エリーゼ様、申し訳ございません。アンナが無礼なことを申しました。後で必ず謝罪させます」
「いいの、正直なところドキッとした。ああ、そうだなって。私、なにも自分の意思がなくて、流されるまま、されるままにここにいて、ラインハルト様に甘えてたんです……」
エリーゼは一息つくと、クルトに視線を向けて言う。
「クルト、少しの間一人にしてもらえますか? 下で待つ皆様にはお茶を用意しておいてもらえると助かります」
「……かしこまりました」
クルトは頭を下げると、そのまま部屋を後にした。
部屋で一人になったエリーゼは月を眺めて考える──。
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次回はヴァンパイアの歴史なども出てきます!