第7話 王の妻という重責
その日はグラーツ邸にて王族も招かれる大規模な社交界が開かれていた。
ラインハルトはこの日の主催者であり、様々な人々への挨拶に追われていた。
一方、社交界が開かれているエントランスと少し離れた邸宅のほうでは、エリーゼがクルトが衣装合わせをしていた。
人生で最も煌びやかな衣装を纏っている彼女は、落ち着かない様子でそわそわしている。
「緊張します……」
「大丈夫ですよ、エリーゼ様。とてもお似合いです」
エリーゼが今日着ている衣装はワインレッドを基調とした大人な雰囲気漂うドレスである。
レースの手袋をした両手で、クルトの両頬を挟み込んで不安を吐露する。
「こんなドレス、初めて着たからきちんと振る舞えるか心配です」
「そのお気持ちはお察ししますが、その……僕の頬が痛いです」
「ご、ごめんなさい!」
あまりに不安な気持ちが強く、エリーゼはクルトに触れていた手にあられてしまっていた。
慌てて手を離してクルトを解放したエリーゼは、今度は慌ただしく室内を歩き回る。
そんな様子を見たクルトは、彼女に声をかける。
「大丈夫です。胸をお張り下さい。今日のお披露目を乗り越えれば無事にあなた様は正式なラインハルト様の妻です」
「妻……」
その言葉が余計に重くのしかかり、緊張感よりも今度は責任感を感じるようになった。
(本当に私でいいの……?)
エリーゼは心の中でそんな風に考えてしまっていた。
「表向きは公爵夫人となる。それだけでもすごいのに、裏では【ヴァンパイアの王】の妻でもある。そんなの、私に務まるのかしら……」
重責を抱えたエリーゼに、突然後ろから声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ」
部屋の扉を開けて、ラインハルトが姿を現した。
すぐさまクルトは恭しく片膝をついて挨拶をする。
「ラインハルト様……」
「エリーゼ、今日から僕の正式な妻になるね」
「はい、ですが、私に務まりますでしょうか?」
「さっきもいったけど、大丈夫だよ。僕がついてる、僕が君を何者からも守る。君は傍にいてくれたらそれでいい」
その言葉に少し安心したものの、どこか不安が拭いきれない。
(本当に傍にいるだけでいいのかしら……?)
「さあ、行こうか。みんなが待ってる」
「はい」
エリーゼはラインハルトに手を引かれて、会場へと向かった。
今まで誰とも結婚はおろか婚約すらしなかったグラーツ公爵の結婚宣言とあって多くの人が注目していた。
エリーゼはラインハルトのエスコートで広場の大きな会談を降りると、そこには彼女がみたこともないような貴族たちが大勢いた。
(こんなに人がたくさん……緊張する……)
ドレスの裾を踏まないようになるべく笑顔を崩さぬよう歩く。
そんなエリーゼの登場に会場はわっと騒がしくなる。
「エリーゼ様だ……」
「あの方が?」
人々のひそひそと話す声がエリーゼの耳に届く。
広場の中心に二人がたどり着くと、ラインハルトは手を挙げて話し始めた。
「今夜はお集まりいただき誠にありがとうございます。ここで、我が妻となる女性を紹介いたします」
ぐっと自身のもとにエリーゼを引き寄せると、ラインハルトは聴衆に向かって宣言する。
「ラインハルト・グラーツは、ここにいるエリーゼ・ランセルを妻とする!」
彼の大々的な宣言に皆拍手で賛同し、エリーゼへの視線を向ける。
エリーゼは割れんばかりのその音に驚き、びくりと肩を揺らしてラインハルトをみた。
「大丈夫だよ」
そっと囁くようにラインハルトはエリーゼに向かって呟く。
その眩しすぎる光景と歓声にエリーゼは意識が遠のきそうになった。