第4話 双子の姉弟との出会い
エリーゼが目を次に目を覚ましたのは、日が沈む頃だった。
後天的にヴァンパイアになったエリーゼは、ヴァンパイアの「日の光に弱い」という体質が色濃く出てしまう。
基本的にヴァンパイアは日中というより夜に活動が活発になるが、エリーゼほどではなかった。
「ん……」
ゆっくりとベッドで体を起こすと、ぼうっとする頭を押さえる。
(自分の家じゃない……そっか、現実なのね……)
夜中にラインハルトに言われた事やその光景がだんだん思い出されていく。
(お父様もお母様も行方知れず……それに、グラーツ公爵様の妻になる……)
純血のヴァンパイアの王であるラインハルトの妻になるということは、ヴァンパイアを統べる一人になるということである。
その事実を目の当たりにしても、今のエリーゼにはまだピンとこなかった。
(どうして私なの、必ずグラーツ公爵様にも目的があるはず。それはなに?)
「真紅の貴公子」と呼ばれて見目麗しく、そしてヴァンパイアの王としての権力を持っている。
そんな彼が後天的にヴァンパイアになった地位も高くないエリーゼを求めている。
エリーゼはそのことがなぜか引っかかっていた。
『君のことが昔から好きだった、といったら信じるかい?』
彼に言われた言葉が頭の中に響く。
(私をずっと見てた? なんのために?)
これまでの言動を振り返っても、自分に好意を寄せる理由に心当たりがなかった。
「こほっ……」
夜中から喉が渇き、エリーゼはグラスにあった水を飲み干してしまっていた。
水をもらうためにひとまず誰かを探そうと考えた。
そっと扉を開けて外を観察してみる。
(人影がない……とりあえず、右に行こうかしら……)
エリーゼは直感を信じて廊下を進んでいく。
歩く途中でいくつもの部屋を見たが、キッチンのような場所ではなかったためどんどん先に進むことにした。
(どこだろ、キッチン……)
すると、エリーゼは突然声をかけられる。
「何をなさっているのですか?」
「わっ!」
思わず驚いて体をビクリとさせてしまい、急いで振り返った。
そこには金髪碧眼のすらりとした細身の少年が立っている。
(私と同じくらいの年? もっと若いかも)
そして、エリーゼは彼もまた「ヴァンパイア」だということがわかった。
(でも、グラーツ公爵様のお屋敷だから、ヴァンパイアがいても当然か……)
エリーゼは口を開こうとしたが、それより前に少年が話し始めた。
「僕はラインハルト様にお仕えしております、クルトと申します。ラインハルト様がご不在の際はエリーゼ様のお世話を仰せつかっておりますので、なんなりとお申し付けください」
そう言ってお辞儀をするクルトに、エリーゼも急いでお辞儀をした。
クルトはエリーゼの持っているコップに視線をやる。
「申し訳ございません、すぐにお水をお持ちいたしますので」
そんなやり取りをしていた最中、向こう側から可愛らしい少女の声が聞こえてくる。
「あっ! クルト! ラインハルト様からのご伝言なんだけど……」
非常に明るい声でエリーゼとクルトに近づいてきた彼女は、少年と同じ黄金色の長く美しい神を靡かせている。
その少女はエリーゼを見ると、顔をしかめて蒼い瞳を細めた。
「あんた……いたの……」
敵意をむき出しにした表情と声で少女はエリーゼに向かって呟く。
(この子、私を知ってる……?)
少女はどんな存在なのだろうかと考えているうちに、クルトが少女に注意する。
「アンナ、ラインハルト様の奥様だ。その口の利き方はよくない」
アンナと呼ばれた少女はクルトの言葉に不満そうにした。
そして口をとがらせて、髪を振り乱して反論する。
「私はまだこいつがラインハルト様の妻になるだなんて認めてないからっ!」
威勢よくそう告げると、エリーゼの前にずんと構える。
そしてエリーゼの体を隅から隅まで観察した。
「な、なにかございましたでしょうか……」
「ふんっ!なんでこんな陳腐で貧相で地味な女……どこがいいのかしら。まあいいわ、私に気安く話しかけないでよね!」
そう言ってエリーゼとクルトの間をすり抜けて、奥へと姿を消した。
「大変申し訳ございません。彼女はアンナといいます。僕の双子の姉です」
「おねえちゃん……」
確かに容姿がそっくりであったことをエリーゼは思い出す。
「その、少々正確に難がありまして、失礼な態度で申し訳ございませんでした」
「いえ、大丈夫です。私のほうがこの家では部外者ですから」
「そんなことはございません。そういえば水でしたね。すぐにお持ちしますので、先程までいらっしゃったエリーゼ様のお部屋でお待ちくださいませ」
エリーゼは首を左右に振って遠慮がちに言う。
「いいよ、案内してくれれば自分で水くらい入れるし……あ、でも人のおうちを勝手に漁るのもダメか」
「いえ、そうではございません。ですが、エリーゼ様にそのようなことをさせてしまったら、僕がラインハルト様に叱られますので、どうか僕に任せていただけませんか?」
そう言われてエリーゼは何も言えなくなってしまう。
「はい、ではお願いできますか?」
「もちろんでございます」
クルトはエリーゼに会釈すると、水を取りにキッチンへ向かった。
(クルトくん、アンナちゃん……ラインハルト様にお仕えする方々……覚えておかないと)
そうして考えているうちにエリーゼの部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「僕だよ、入ってもいいかい?」
「グラーツ公爵様。はい、どうぞ」
そういってドアを開けて入ってきたラインハルトは、エリーゼに優しい微笑みをかけた──。