第2話 冷酷公爵の花嫁
エリーゼはふと目を覚ました。
「んっ……」
あたたかくて柔らかくて心地よい。
そんな心地の中で目を覚ましたエリーゼは、ゆっくりと意識を取り戻していく。
「目が覚めたかい?」
低くて優しい声で話しかけられ、エリーゼはそちらのほうを向いた。
頭がぼんやりしており、その人が誰なのかまだわからない。
(だれ……? それに、私どうしてここに……)
しかし、だんだんと頭が覚醒してきた彼女は目の前の彼の赤い瞳を見て思い出す。
「あ……」
(そうだ、私、ヴァンパイアに襲われて、それでこの人に……)
「助けてもらった」という認識で良いのかどうかわからず、もう少し考えてみる。
必死にさっきまでの記憶を手繰り寄せて、ようやく「その時」を思い出した。
「あなたが、助けてくれたんですか?」
そう尋ねると、彼は否定も肯定もせずに微笑んだ。
彼はゆっくり立ち上がると、サイドテーブルに置いてあった水差しから水をコップへ注ぐ。
「よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます……」
彼の差し出した水に毒が入っていないかと考えたが、彼がそんなことをするようにはなんとなく思えなかった。
エリーゼが水を一口飲んだところで、彼が話し始めた。
「僕はラインハルト・グラーツ。君は昨夜、ヴァンパイアに襲われた。覚えているかい?」
先程までの笑みが消え、真剣な顔つきで話す彼を見てエリーゼは緊張感を覚えた。
それと同時に、彼の名前に聞き覚えがあることに気づく。
「まさか、ラインハルト・グラーツ公爵様……」
彼女の呟きに彼は静かに頷いた。
(グラーツ公爵って、確か王族の傍仕えのはず)
非常に高貴な身分であると認識していた彼女は、彼の「もう一つの顔」を思い出した。
(確か、昔聞いたことある。この方は、ヴァンパイア……それも、特別な『純血種』と呼ばれていてヴァンパイアを束ねる王のはず……)
人間社会でもヴァンパイア社会でも雲の上の存在である彼が目の前にいることに、エリーゼは信じられない心地だった。
それでも、彼女の中に眠るヴァンパイアの血が「彼は本物だ」と告げているような気がした。
そして、昨夜助けてくれた「彼」がラインハルトであると記憶が彼女に教える。
「グラーツ公爵がなぜ、助けてくださったのですか?」
エリーゼの問いかけに彼は微笑んだ。
「君をずっと見ていたから、と言ったら信じるかい?」
「え……?」
驚くエリーゼに「冗談だよ」と告げると、ラインハルトは昨夜の顛末について語る。
「もう一度尋ねるけど、君は昨夜のことを覚えているかい?」
彼の問いかけにエリーゼは静かに頷く。
「昨夜、ランセル子爵邸が何者かに放火されて火事になった」
「あ……」
エリーゼは自分の目で見た火事の様子を思い出す。
「屋敷は全て燃え尽き、そしてランセル子爵夫妻は行方不明で見つかっていない」
「お父様とお母様がっ!?」
火事の前にうまく逃げられたのかもしれない、と自分に言い聞かせるが、どうしても不安が拭えない。
(お父様、お母様、無事でいて……!)
不安な表情を浮かべるエリーゼは突然、ラインハルトの胸元に引き寄せられた。
「グラーツ公爵様……」
ラインハルトはふっと彼女の体を離すと、じっとエリーゼの漆黒の瞳を見つめて言う。
「単刀直入に言おう、僕の妻になってほしい」
突然のプロポーズにエリーゼの頭は真っ白になる。
「どうして……」
あまりに信じられない状況からか、エリーゼは言葉が出ない。
そんな様子を見た彼はふっと笑う。
「あなた様は確か、数多の女性から求婚があるけど断り続けているって。それがどうして私を……」
「確かに求婚があったのは事実だ。だけど、それは僕自身を好きでじゃない。『ヴァンパイアの王』として僕を見ているから……自分がその妃となれると思っているから」
ラインハルトは目を伏せ、哀愁漂う顔をエリーゼに見せる。
そして、ガーネット色の深く赤い瞳でエリーゼを見つめると、甘い声で言う。
「君のことが昔から好きだった、といったら信じるかい?」
「え……?」
「君は幼い頃にヴァンパイアに変異して以降、権力争いに交わろうとはしなかった。なぜだい?」
エリーゼは彼の質問にすぐには答えられなかった。
少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「私は、爵位や権力はよくわかりません。欲しいとも思いません。……これで答えになっているでしょうか?」
「ああ、十分だよ。僕も君と同じ。権力争いに嫌気がさしたんだ」
(そっか、この方は私と同じ思い……)
両親が権力に目がくらみ、そして近くで貴族社会の醜い争いも見た。
そんな彼女は彼の気持ちを十分理解できたのだ。
「少しずつでいい。今は君の身寄り確保のために妻となってもらうけど、生きたい場所が見つかったら離婚して構わない」
ラインハルトは立ち上がって彼女の耳元で囁く。
「でも、僕は君を逃がす気はないけど」
そんな甘く心を捕らえる声で言われ、エリーゼの頬は紅潮していく。
「僕はずっと君を見ていた。君を求めていた。それだけは忘れないで」
(なんだろう、彼が儚く見える……どうして?)
エリーゼはラインハルトの手を優しく包み込むと、彼に告げる。
「あなたを知りたいです。また、あなたのことを教えていただけますか?」
「ああ、もちろん」
エリーゼはその言葉に安心すると、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「さあ、今日はゆっくりお休み。まだ朝までもう少しあるから」
そう言って彼は明かりを消すと、部屋を後にした。
エリーゼは天井を見て彼を思った。
(あなたはなんて悲しそうな瞳をしているの?)
そんなことを考えているうちにエリーゼの瞼は重くなり、彼女はゆっくりと眠りについた──。
2話も読んでくださってありがとうございます!
少し暗い印象のスタートになりますが、ハッピーエンドです。
ヴァンパイア好きの人が増えるといいなと思い、書いております。