第1話 崩落する日常
子爵令嬢であるエリーゼはこの日初めて夜会に参加することになった。
この国では社交界でも特に夜会は18歳以上と決められており、先日18歳になったばかりのエリーゼはこの日が夜会デビューとなった。
夜会には多くの名だたる貴族たちが参加しており、それぞれ楽しんでいた。
エリーゼは配られたノンアルコールカクテルを飲みながら、周りを観察する。
(あの人も……あの人もそうだ……)
エリーゼの視線の先には髭を蓄えた公爵に、王族の補佐をする宰相、そして騎士団長など様々な人物たちが映っている。
そんな彼らたちをじっと見つめて、エリーゼは人間に紛れた「彼ら」を見ていた。
(あの人もヴァンパイア……あそこの伯爵様も……)
この国の貴族には人間に紛れて「ヴァンパイア」が存在していた。
しかし、多くの人間の貴族が自分たちに紛れて「ヴァンパイア」がいることに気づいていない。
エリーゼは自分がヴァンパイアを見分けられてしまうことに嫌気がさしていた。
内気な性格であり、そして幼い頃のある事件をきっかけに彼女は他の令嬢たちとも距離を置いて一人で過ごしていた。
そんなことだから、彼女は夜会デビューというめでたい今日に限っても誰とも話そうとはしない。
ただひたすらに壁に寄りかかって、人が楽しむのを眺めていた。
あまりにも退屈になった彼女は、夜会を抜け出して外の空気を吸いに出た。
そのままうんと背伸びをしたが、気持ちが晴れることもない。
(帰ってしまおうか……)
そんな時、窓の中で楽しそうに話をする令嬢たちの姿を見た。
彼女たちの様子から目を背けると、彼女は夜風で靡く自身のダークブラウンの髪を耳にかけて歩き出す。
(どうして……)
彼女は顔を歪めて思う。
(どうして、私はヴァンパイアになってしまったの……)
自らが乗ってきた馬車に早々に乗り込み、自身の屋敷であるランセル子爵邸へと戻り始めた。
ゆっくり流れる景色を見つめながら、昔を思い出す。
エリーゼは3歳の時、家の庭で遊んでいたところを下級ヴァンパイアに襲われた。
両親が彼女を見つけた時にはすでに襲ったヴァンパイアは灰になっており、そして愛する娘はすでにヴァンパイアになっていた。
翌日、王族の従者が現れ、エリーゼの両親は「娘がヴァンパイアになったこと」と「貴族社会には人間に紛れてヴァンパイアが共存しており、その正体は王族や一部上位貴族しか知らないこと」を聞かされた。
ヴァンパイアに牙をむかれ、吸血された人間はヴァンパイアになってしまう。
そう聞かされた幼いエリーゼは自分がもう人間ではないことにショックを受けた。
しかし、エリーゼの両親はそうではなかった。
初めこそ娘がヴァンパイアになってしまったことを嘆いたが、ヴァンパイアを有する家は爵位が高くなることを知ると、エリーゼを利用しようと考えるようになった。
今日のエリーゼの夜会デビューも両親が彼女の婚約者探しにと斡旋したものだった。
そんな貴族社会の醜い争い、そして両親の権力目当ての変貌を目の当たりにしたエリーゼは、人間として静かに暮らしたいと願っていたのだ。
(婚約者探しなんてまっぴらよ……)
そして、夜会を切り上げて帰ってきたエリーゼは両親に叱られることを覚悟で馬車から降りようとした。
しかし、馬車の窓から見える景色に違和感を覚える。
(なんだか、外が明るい……)
夜なのになぜか明るく感じた。
それにいつもなら御者が扉を開けるはずなのに、それもない。
おかしいと思ったエリーゼは、ゆっくりと扉を開いた。
「どういうこと……」
なんと目の前には炎に包まれて燃え盛っているランセル子爵邸があった。
(どうして、家が……)
わけがわからず、エリーゼは家に駆け寄っていくが炎が熱く、近くまで行けない。
(そうだ! お父様とお母様っ!!)
「お父様っ!! お母様っ!!」
エリーゼは炎の熱さに耐えながら、家に向かって両親を呼ぶ。
しかし、その中から彼らの声が聞こえることもない。
エリーゼはとにかく家の周辺を探そうとする。
だが、そんなエリーゼの前にゆらりとした人影が立ちはだかった。
その人影にエリーゼの体はビクリと反応をした。
そして、目の前にいる人影が「人間」ではないことに気づく。
(ヴァンパイア……!)
しかし、エリーゼの知っている人間社会に紛れた貴族のヴァンパイアたちと様子が違う。
血走った赤い目をしており、理性がないように見えた。
そして、そのヴァンパイアの瞳がゆっくりとエリーゼを捕らえた。
(まずい……!)
すると、ヴァンパイアは長い爪を掲げてエリーゼに襲い掛かった。
「きゃっ!」
なんとかその一撃を避けるも、ヴァンパイアがなおエリーゼに牙を向けている。
(とにかく逃げなきゃ……っ!)
なんとか逃げようと走り出すも、ヒールを履いているためうまく走れない。
エリーゼはヒールを脱ぎ捨てると、一直線に森のほうへと逃げた。
木々を必死に掻き分けて逃げ惑うエリーゼには、どんどん切り傷が増えていく。
「血ダァ!!」
エリーゼの血に反応したかのように、ヴァンパイアはそれまでとは比べ物にならないほどの勢いで襲い掛かろうとする。
(助けて……っ!)
その助けに呼応したかのように、エリーゼの目の前に迫っていたヴァンパイアが一瞬にして灰となる。
「え……」
何が起こったのかわからず、思考が停止する。
やがて、エリーゼは自分を守るようにして立つ一人の人物の存在を認識した。
背が高くすらりとしたその背中は、エリーゼより高身長の男性だった。
「…………」
彼は何も言わずに振り返ると、エリーゼと目が合った。
(赤い瞳に、シルバーグレーの髪……)
彼の爪や手からは赤い血が流れ落ち、その血が地面を赤く染めていく。
エリーゼは瞬間的に気づいた。
彼が、人間ではない。
ヴァンパイアであることを──。
ヴァンパイアが好きなので書きました。
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