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第9話 武家六等

 武家六等。


 身分こそ貴族になったものの、まだここを出てやっていけるほどの金はない。

 俺は空蔵家の小屋に帰ってすぐ、雪凪に布で包んでいた小型金貨100枚(10万了)を布を開いて見せた。


「……」


 雪凪は金貨に見惚れている。

 俺は雪凪が作ってくれた鍋をつつく。


「敵将を討った褒美で貰った。あと武家六等に昇格した」

「……」


 雪凪は俺と金貨を交互に見て、また黙った。

 恐らく、この目を大きく開いて、口をぎゅっと閉じて、両手を握って股の下に入れるのが雪凪の『動揺』の感情表現なんだろうな。


「そういえば雪凪、お前はどこで寝泊まりしているんだ?」

「……私は屋敷の押し入れを、部屋として貸していただいております」


 押し入れ……どうせ窓も灯りも無い押し入れなんだろうな。


「奴隷の身分だから、宿屋に泊まるのは無理だろうが……布団や衣服が必要なら言ってくれ。そろそろ秋だ。寒くなる」


 この大陸には四季がある。『桜島』と名付くぐらいだから年中春なのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 ではなぜ『桜島』という名が付くのか。諸説は様々あるそうだが、一番有力なのはどの季節でも桜が満開だから、というもの(ヤス曰く)。


 事実、不知火はどこにでも桜が咲いている。こんな屋敷の、こんな小さな家の傍にも。


「なぜ、私に金貨など見せたのですか?」

「? なにか問題があったか?」

「私がこれを盗んで出て行く事とか……考えなかったのですか?」


 不用心だ、と言いたいのか。


「盗みたいなら盗めばいい。別に追いはしない」

「え……?」


 雪凪の凍っていた表情が、僅かに綻ぶ。


「お前が今までしてきてくれた事……これに対し、俺は一切報酬を支払っていないからな。盗られても文句は言えまい。今までのお前の働きに対する礼としては、金貨100枚でも足りないと俺は考えているよ」

「そんなこと……」

「お前にそれを持っていかれた所で、俺に追う資格はない。だが、一つだけ言っておきたい。俺がもっと上の地位に行けたなら、お前を空蔵家から買い取り、奴隷の身分から解放するつもりだ。出て行くのは、それからでも遅くはないと思う」

「……っ!?」


 雪凪は下を向く。


「出て行くなんて……とんでもありません。私は、吉数様の……御傍に居ます」

「そうしてくれると、俺としては助かる。ありがとう」


 俺は鍋のスープを啜る。

 山菜で作った鍋。肉や魚は入っていない。なのに、このスープの旨さたるや。弘法筆を選ばずと言うが、料理の才のある者は選べる食材が限られていようがこれだけの味を作れるんだな。


「うまい」


 雪凪は口角を僅かに緩める。


「……嬉しゅうございます」


 俺は生前、家族というものを持たなかったが、娘が居たら、こういう感情を抱いていたのだろうか。

 とても温かくて、悪くない気分だ。



 --- 



 日は変わり、俺は天草と共に山を越えていた。枢木凶撫という魔術師に会うためだ。

 山を越え、森を越え、川を越え、また山を越え、森へ。


 さすがに空蔵吉数が優れた体力を持っているとはいえ、キツい。


 亜羅水や他国がこの山を越えてきたら厄介だな、と思っていたけど、これだけの厳しい大自然を大軍で越えるのは不可能だ。心配するだけ無駄だな。


「やはりお前は他の者と違うな。前に部下たちを連れて同じ道を行ったが、最後に残っていたのは私だけだったよ」

「……正直、自分もそろそろ限界なのですが」

「安心しろ。もう着く」

「……」


 囲まれた――と感じたのは、森のど真ん中に着いた時だった。木の影、草の影を移動する音が僅かに聞こえる。


 天草がちらりと視線を送ってきた。俺が気配に気づいているかどうか試している目線だ。俺が頷くと、天草は「上出来だ」と妖刀に手を添えた。


「凶撫の嫌がらせだろう。前は滑っとした妙な液体が溜まった落とし穴に落とされたが、今回は……」


 気配の正体が姿を現す。

 ゴブリン? かな。二体いる。


「小鬼か。空蔵、お前は手を出すな」

「お任せしていいんですか?」

「ああ。私の部下になったんだ、私の妖刀の能力ぐらい知っておいた方が良い」


 天草は鞘から刀を抜く。

 普通の、白い刀身だ。別段、奇妙なところはない。


「普通の刀だと思ったか? ――ここからが見ものだぞ」


 天草が小さく刀を振るうと、刀から赤い液体が噴き出した。


「これは……!?」


 さすがに驚く。

 赤い液体はまるでオーラのように、刀に纏われる。


「『荒喰(あらばみ)』解放」

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