第8話 三都奪還
俺の発言に対し、天草は興味深そうに目を細める。
「いくら周布を奪い返したと言っても、あの地を長く防衛できるほどの備えは我が国にはありません。頼みの綱である登龍関も、突破されるのは時間の問題です」
「周布はともかく、登龍関は多数の防備がある不落の要塞だぞ。アレが落ちると言うのか?」
「落ちます」
ここはハッキリ言っておこう。
「どれだけ優れた要塞だろうと、扱うのは人間です。休みなく立て続けに攻められれば無敵の要塞にも人的不備による淀みが生まれる。そうでなくとも、戦いが長引けば相手の隠密の手による内部工作や内部破壊もあり得る。登龍関以外の道から里にたどり着かれる可能性もある。彼らの数ある選択肢を全て潰せるだけの力は、我々にはない」
「悲しいことに、概ね同意見だな。いや、私達だけでなく、ほとんどの者が心の内ではわかっているんだ。このままでは負けるのみと」
そう、このまま守りに入っていては勝ち筋はない。
勝つためには、攻勢に出るしかないんだ。たとえ全滅の恐れがあろうとも、前に出る決意が必要だ。
「だが、実は逆転の一手が一つある」
天草は笑う。
ワクワクだな。一体どんな手があると言うんだ?
「聞かせてください。その一手とやらを」
「『三都奪還』だ」
三都?
「周布の先にある元々不知火が所有していた三つの都、『舞魏』、『興劉』、『孫琶』の三都市を奪い返す。そうすれば不知火の炎は再び燃え上がるだろう」
「その三都に、一体なにが?」
「色々ある。まず一つは、亜羅水の軍備だ。奴らは物資を三都に集め、そこから最前線に送り出している。つまり、この三都を取り返せばため込んだ物資を略奪することができるわけだ」
ある意味舐められているな。普通ならそんな前線に物資を集中させないだろう。三都を取り返されると思っていないからこそ物資をため込んでいるんだ。
確かに、狙い目ではあるな。
「そして、『舞魏』には妖刀衆の一人と彼が所有する妖刀がある」
「その妖刀衆の方は牢にでも入れられているのですか?」
「違う。舞魏の防衛にあたっていた『雲禅氷雨』は状況悪しと見るや、その妖刀の力で己が居た城ごと自分を氷結させ、氷の塔と化した。この塔は溶けず、破壊できず、亜羅水も手出しができない状況になっている。もし奴が復活すれば……相当な戦力になる」
「亜羅水で解除できない程の氷……不知火でも溶かすのは難しそうですけど」
「妖刀で作り出したものだ。同じ妖刀ならばあるいは、という感じだな。更に、『興劉』と『孫琶』は海に面しているため、海路が使えるようになる。この地図を見れば良くわかるだろう」
天草より不知火の里周辺の地図が渡される。
なるほど。三都奪還が成れば、一気に幅ができるな。
「物資が手に入り、妖刀衆の一人を助け出すことができ、さらに水軍が使えるようになる。これは色々な意味で大きいですね」
海に出られれば漁もできるしな。食料、軍備、人材、全てが手に入る。
逆に言えば、ここを早急に取れないと終わりだな。
「ただ、もちろん簡単ではない。『三都奪還』を成すには力が足りなさすぎる。空蔵、不知火に一番足りぬモノが何かわかるか?」
「『人』でしょう。大規模な作戦を成すだけの兵力が無いです」
「それは二番目に足りぬモノだな。一番は……魔術の知識だ」
魔術、か。
不知火にも魔術が使える奴はそこそこいたが、亜羅水の魔術に比べたら程度が低いものだったな。
「不知火は四国で最も魔術に対する理解が足りない。一方で、亜羅水は魔術の知識が豊富にある」
「……なぜそれだけの知識量の差ができたのですか?」
「亜羅水に『魔女』と名乗る女が現れたせいだ。恐らく、海の先にある外の世界から流れ込んだ漂流者。奴が亜羅水の魔術研究を大幅に進めた。そのせいで、隣国である我々は一気に押し込まれた」
「では、我々が亜羅水に対抗するためには、同様に国の外から魔術の知識に長けた者を呼び寄せる必要がありますね」
不可能だがな。
ここは山に囲まれた地。そして海への通路は亜羅水に塞がれている。海の外へ助けを求めることはできない。つくづく詰んでいるな、この国は。
「実は……居るんだ。すでに不知火にも漂流者がな」
「ん? じゃあその人に助けを求めればいいじゃないですか」
「もちろん何度も接触を図ったさ。だけど全て断られた。『戦事に興味はない』とね。あの女は……奇人変人の類だ。自分の興味ないことには一切関与しない。自分が住む地が戦火に包まれようとどうでもいい。そんな女だ」
「その人、本当に魔術に長けているんですか?」
「ああ。性格は終わっているが、魔術の知識なら亜羅水の魔女よりも上だろう。気に入らないし、嫌いだし、苦手だが、あの女の実力は本物だ。なにか奴の興味を引ける摩訶不思議なモノがあればいいのだがなぁ」
よっぽど嫌いなんだな。
言葉の端々にその漂流者への恨み節が見える。きっと、何度も勧誘しては断られたのだろう。
「名前は?」
「『枢木凶撫』。不知火の里を囲う山々の狭間に家を構えている」
「では勧誘しに行きましょう。自分もついて行きます」
「私の話を聞いていたか? 奴への勧誘は意味が無いと言っただろう」
「ですが、枢木凶撫の協力が無ければ『三都奪還』も無理なのでしょう? 他に手が無いではありませんか」
天草は大きくため息をつく。「言う通りだな……しかし」と、これしか手が無いのに行きたく無さそうだ。本当に苦手なんだな。
「わかった。行こう。どうせ暫くは亜羅水も動かない。ただ家でジッとしているわけにもいかないからな」
少しむくれている。こういうところは子供らしい。
明日待ち合わせする約束をして、話は終わった。俺は天草家を後にする。
地図、スカスカですみません笑 これでも数時間かけたんです……。
大体こんな位置関係、とわかっていただければ幸いです。
ちなみに不知火の里の周辺山脈にちょっとした空白がありますよね? あの辺りに枢木の家はあります。