第7話 特別褒賞
年相応の純粋な瞳。
俺が何か答えるよりも前に、天草は顔を赤くし、座椅子に戻った。
「すまない。冷静さを欠いた」
「いえ、大丈夫です」
天草は照れくさそうに頬を掻き、
「私は……その、剣術というモノが好きでな。お前の抜刀術があまりに奇々怪々だったから、つい興奮してしまった。重ねて謝罪する」
剣術好き、か。
まさか俺以外にそんな人間が、しかも女性に居るとはな。
「本当に謝る必要はございません。自分はこの抜刀術を誇りに思っているので、褒められたり、興味を持たれると嬉しいです」
「そ、そうか! では、改めて聞かせてもらおう。あの抜刀術は、なぜ消える?」
ふむ。良い目をしている。
あの剣術を『速い』と表現しないのは流石だ。
「それについては……わかりません」
「わからない?」
「自分は、ただ抜刀術を修練しただけなのです。特別なことは何もしていない。何度も何度も抜刀を繰り返す内に、威力の出る指の角度とか、速度の出る握力とかがわかってきて、いつの間にかこの抜刀術が生まれていました」
「なるほど。質問を変えるが、私でも修練すればその抜刀術を習得できると思うか? 聞いてる限り、特別な素養などは必要なさそうだが」
特別な素養は必要ない。だが、
「可能性という点で言えば0ではないでしょう。ただ、あの抜刀術を使えるようになるには、それ以外の全てを捨て、40年……あ、いや、10年以上は時間を必要とします」
危ない危ない。
習得に40年必要と言ってしまえば、この肉体の年齢と矛盾を起こしてしまう。
「そこまでしても、習得できる確率は限りなく0に近い」
この抜刀術はただの『技術』。誰にでも出来る可能性はある。
だけど、可能性があるだけで、ハッキリ言って俺以外には出来ないと思う。俺以外の人間で、たかが剣術一つに40年かけられる人間がいるとは思えない。
「それは不可能と言うのだ。わかった。抜刀術の話はここで一旦置いておこう」
天草は残念そうに笑う。
あわよくば、自分も習得したかったのだろう。
「次に、特別褒賞についてだ」
天草は玉手箱(豪華な箱)を開き、中を見せる。そこには金貨や銀貨が詰まっていた。
「まず特別褒賞について軽く説明しようか。特別褒賞は、私が華姫様より承った褒賞より分配する」
華姫……確か現国主だったか。
「華姫様より受け取ったのは30万了」
同じ『りょう』という読みだが『両』とは違う。あっちは1両で13万とかだったけど、こっちは1了10円程度。つまり30万了で300万円ぐらいってことだ。
あれだけの大勝をして300万円っていうのは安く感じるかもしれないが、これだけ国力が弱っている中だとこれでも大盤振る舞いなのだろう。
「この30万了を戦績に応じ、私の裁量で分配するわけだ。決まりとして軍大将が半分は貰うため、残りの15万了を部下に分けるわけだな。お前は一番活躍したから10万了を渡す」
「ありがとうございます」
10万了、日本円で言えば100万円。
これは大きい。
「次にお前の位についてだ。私はお前を武家に上げても良いと考えている」
武家と公家についてはすでに雪凪に聞いている。
武家は軍部に属する貴族。将軍とか、そういうのは全部武家だ。当然、天草も武家。
公家は政治家だな。国の政治を動かす役目。軍事と政治、どちらに偏るかで武家と公家は別れる。
武家と公家に上下は無く、どちらも共通の階級制度を持つ。
一番上から特等・一等・二等・三等・四等・五等・六等。
ちなみに空蔵吉数の父親である空蔵宇角は公家の三等だ。不知火の要である妖刀衆は特等武家だそう。
「聞くところによると、お前の家、空蔵家は代々公家の一族だそうじゃないか。家の格も十分。どうだ? 悪い話じゃないだろう? それともやはりお前も公家を目指すのか?」
「いえ、公家に興味はありません。目指すのは武家です。ただ、家の力は借りたくありません」
「ほう」
「自分は遅かれ早かれ家を出るつもりです。なので、家の名が自分の昇進に繋がっているのなら、昇進は辞退させていただきます」
家名ありきで昇進して、その後で家を出たら厭らしく映るからな。
「早まるな。父親が公家であることは利点ではあるが、正直空蔵家は取るに足らぬ家だ。別に私はお前が空蔵家だから武家に上げようとしているわけじゃない。少しだけ、お前の昇進を他の者に納得させやすいだけのこと。お前が家を出ても、武家へは上げてやる」
よし。とりあえず第一の目的は達成だな。
「そういうことなら、ありがたく武家への昇進を受けさせていただきます」
「ただし末端の六等からだけどな」
「もちろんです。ありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「まとめるぞ。お前への特別褒賞は『武家への昇進』と『10万了』だ。武家になれば、晴れて私の軍の正規兵となる」
それじゃ、これから天草が俺の殿になるってことかな。
「さて、では私の直属の部下である空蔵吉数に問おう。お前はこの国の行く末をどう見る?」
「……なぜ自分にそのような質問を?」
さっきまで武家ですらなかった人間に聞く質問ではないな。
「忌憚ない意見を聞けると思ったのだ。お前には他の者と違う空気を感じる。私にも一切物怖じをしないしな。大抵の人間は妖刀衆である私を恐れる。もしくは、小娘である私を嘲る。だがお前はどちらでもない。大胆不敵とはお前のような人間のことを言うのだろうな。私に対して、特に何も感じていない呆けた面をしている」
……失礼な。
「気分を害したなら謝ろう。気に入っている、ということだ」
天草は小さくクスっと笑う。
俺が天草に抱いている感情、それは確かに恐れや侮蔑ではない。『同情』だ。
話していればわかる。彼女は別に精神まで大人ではない。『大人にならざるを得なかった子供』、というのが俺の印象。こんな子供に多くの命の責任を持たせるなんて、正直どうかしている。
「それでは、失礼を承知で言わせてもらいます」
俺はそう前置きし、
「この国は――詰んでいるかと思います」