第6話 お前はもう
黒岩が目の前を通り過ぎた後、俺は跳躍し、黒岩騎兵隊の一騎に飛び乗り、その騎手の首を抜刀術で斬り落とした。
馬を奪って、さらに目の前の騎兵に飛び掛かり、殺して、馬を奪ってを繰り返し、ようやく黒岩の背後までたどり着いたが、ギリギリで黒岩に見つかってしまった。
すでに抜刀した後だったから、抜刀術は使えず、飛び掛かって落とすしかなかった。だが良い。
黒岩は、俺の抜刀の間合いまで近づいている。そして俺は刀を鞘に収めている。天草凛音は俺の目の届く範囲に居る。
――条件は全て揃った。
「ふむ、特別なモノは感じんな。よくもまぁ、その程度で俺を馬から落とせたな」
只者ではない。
肉体の完成度も、纏う覇気も、他の兵士とはレベルが段違い。
だけどまぁ、相手の強さなんてもうどうでもいいか。
勝負はもうついている。
「ここまで俺に迫った褒美に、一度斬らせてやろう」
黒岩は腰に手を当て、仁王立ちする。
「……」
「どうした? 遠慮することはないぞ? 鎧の無い顔や、脚を狙ってもいい。どうせお前では、俺の薄皮一枚とて」
「お前」
「む?」
仕方ない。
あまりに鈍感なので、教えてやろう。
「もう死んでる癖に、よく喋るな」
黒岩はまず、俺が刀を抜刀していることに気づき、
次に腹から血が出ていることに気づき、
自分が両断されていることに気づき、
自分が死んでいることに気づき、
断末魔を上げることもなく、上半身を滑り落とした。
「――――」
静まり返る戦場。
黒岩を倒したのが無名の小僧だからかな。それとも、斬る瞬間が見えなかったから、まだ目の前の情報を処理できていないのか。
「おい。なにしている。喝采しろ。敵将を討ったんだぞ?」
俺が言うと、ようやく兵士たちは叫び出した。
天草軍の士気が上がる。逆に黒岩を失った騎兵隊は意気消沈し、あっという間に不知火の兵に嬲り殺された。
「お前……」
馬の上から、天草は話しかけてくる。
「あの鎧を……そんなタダの刀で斬るなんて……では……先日の、あの黒鎧も、本当にお前が斬ったのか……!?」
「はい。俺が斬りました」
信じられない。という顔はしているが、その瞳で映した現実から目を逸らすことはすまい。
「名はなんと言う?」
「空蔵吉数」
「――覚えておこう」
天草は俺の横を通り、前に出る。
「今が好機だ! 攻勢に移るぞ!!」
天草の檄で、さらに軍の士気が上がる。
恐らく、黒岩は亜羅水にとって重要な将だったのだろう。黒岩騎兵隊の全滅を受け、明らかに動揺し、陣形を崩した。そこを天草軍は綺麗に刈り取る。
今日、天草軍は完膚なきまでの大勝をしたのだった。
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防衛戦における勝利とは、『敵軍の撤退』である。
ならば大勝とはなにか。それは『敵軍の殲滅』である。
攻め込んできた敵の殲滅。今回、天草軍は見事それを成した。
天草軍はその勢いのまま、敵の最前線拠点である『周布』を強襲し、これを奪還する。ヤス曰く、これで亜羅水は侵攻軍の再編を余儀なくされるため、少しの間……おおよそ一週間ほどは攻め込んでくることは無いそうだ。
戦いが終わり、不知火の里に帰るとすぐさま、俺は天草に呼ばれた。
「空蔵。明日の朝、我が家へ来い。直々に褒賞を与える」
「わかりました」
天草はぱっからぱっからと去っていく。
隣に立っていたヤスがまず喜んで見せた。
「す、凄いよ吉数君! これって特別褒賞があるってことだよ!」
「なんだそれは?」
ヤスは呆れたように笑い、
「君って人は……いいかい? 戦地に行った全員に与えられるのが通常褒賞。大銀貨三枚だね」
この国の通貨制度は三貨制度に似たモノで、金貨(100000円~10000円)、銀貨(大体5000円~1000円)、銭貨(大体100円~10円)の三種類の通貨がある。
この三種類の通貨はさらに大きさによって価値は変わり、ヤスの言う大銀貨は5000円ぐらいの価値がある。逆に小銀貨ならば最小値の1000円ほど。通常サイズの銀貨ならば2500円ぐらいの価値はある。
戦場に出て大体1万5千円しか貰えないというのはなんともな話だ。電気代とかがかからないとは言えなぁ。一日で1万5千円と考えれば高いが……。
「特別褒賞はそれに上乗せして、更に褒賞が貰えるんだよ! 黒岩牙鬼にはこれまで散々苦しめられたからね。それを討った君にはどれだけの褒賞が出ることか……大金貨が出てもおかしくないよ」
金は別にそこまで欲しくない。俺が欲しいのは地位だ。とりあえず、好き勝手動けるだけの地位が欲しい。
明日のお楽しみだな。今日は帰って雪凪の飯を食って寝よう。疲れたし、全身返り血塗れだ。
翌日。
俺は雪凪から貰った地図を頼りに、ついぞその家を見つけた。
――天草家。
流通している地図にその家の場所が記されるあたり、かなりの名家なんだろうな。
空蔵家の倍はある屋敷。出迎えに着物の女性がおり、その女性の案内で屋敷に入る。
客間らしき畳の部屋に連れてこられると、すでにそこには天草凛音が正座で待っていた。
「空蔵吉数。此度の戦果、見事であった」
改めて見るとやはり若い。
まだ、15か16か、それぐらいの少女だ。前の世界なら女子高生ぐらいだろ。よくもその歳でここまでの雰囲気を纏えるものだ。
「いえ、これも凛音様のご采配のおかげです」
「謙遜はよせ。あの場で私が何をしたと言うのだ」
失笑する天草。しまった。世辞は逆効果か。
「特別褒賞を渡す前に……聞きたいことがある」
「はい。なんでしょうか」
ドタドタドタ!!
「え?」
天草は、おもちゃ箱に飛びつく子供の如く俺の前まで走ってきて、目を輝かせ、こう尋ねてきた。
「あの抜刀術は、一体なんだ!?」