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第5話 鬼武者


 空蔵吉数の日常とは『陰』だった。


 息を殺し、存在感を殺し、屋敷の人間に見つからないように生活する。

 雪凪は空蔵家の奴隷であり、吉数の世話役。役目は吉数の監視だそう。吉数がなにか悪さをしないように見張る役。見張ってさえいれば料理を作ったり、掃除をしたりと吉数の面倒を見なくても良いと言われているそうだが、彼女は彼女で吉数に何か思うところがあるのか、差別せずに吉数に尽くしてる。


 俺は空蔵吉数の日常をとりあえずなぞることにした。息を潜め、目を盗み、外に出て、暇な時間は鍛錬に当てた。里周辺の森の中で筋トレしたり、岩や獣を抜刀術で斬ったりした。


 森を走ってみてわかったが、この空蔵吉数はとにかく『足が速い』。


 短距離選手(スプリンター)向きの脚質だ。最初の30メートルが物凄く速い。逆にそれを過ぎると途端に足が疲弊する。一番バッターに置きたいタイプだな。バントで塁に出れそうだ。

 この空蔵吉数の『俊足』と俺の『抜刀術』を組み合わせれば、次の戦いで戦功を挙げることはそう難しくないかもしれない。

 修練して、狩りをして、狩った獣を雪凪に調理してもらって、美味い肉料理を喰らい眠る。心身共に充実した日々を過ごす。そして、

 


 登龍関、二度目の派兵の日が来る。



 俺にとっては二度目、吉数にとっては六度目。

 里の正門に着くと、すでに天草軍の大多数が集まっていた。


 天草軍は大きく『正規兵』と『志願兵』に別れる。正式に軍に所属している者を『正規兵』、一般市民から徴兵した者を『志願兵』と呼ぶ。

 正規兵はがっちり装備を固めているからわかりやすい。ほとんどが馬に乗っているしな。逆に志願兵はバラバラ。まったく防具を持ってない者もいれば、それなりに揃えている者もいる。


 俺は『志願兵』。使い捨ての下っ端だ。


 俺は鎧を全て外した。着物に腰差し一本のシンプルなスタイル。余計な装備はこの俊足を鈍らせるだけと判断した。防御力より回避力と速度を優先する。


吉数(きちすう)くーん!」

「ヤス」


 そばかす少年、ヤスが手を振ってやってくる。


「俺は吉数(きちすう)じゃない」

「え? 吉数(きちすう)君でしょ?」

「俺の名は(きち)(かず)で、『きす』と読むんだ」

「そうなんだ! ごめんごめん勘違いしてたよ~……って、え? なんでもっと前に訂正しなかったの?」


 さて、なぜでしょう。


「うわ、前に比べて軽装だね」

「そういうお前はガッチリ固めてきたな」


 ヤスは甲冑、草摺、膝当て、籠手、兜、全て装備し、背中には槍を携えている。


「うん! 死にたくないからね。頑張って買い集めた」


 騎兵(正規兵)を先頭に、山間(山と山の間の道)を歩いていく。

 今回の派兵で、俺が目標とすること。それは……軍団長、天草凛音の前で黒鎧を倒すこと。地位を上げるには、やはり偉い人間にアピールするのが手っ取り早い。

 そのためには天草と付かず離れずいる必要がある。


 しかし――


 戦闘が始まってみると一切アピールチャンスは来なかった。

 天草は陣の奥深くいるし、志願兵は前に出されるし、天草との距離は離れるばかり。

 抜刀術で敵を14人斬るも、注目はされない。みんな自分の目の前の敵に必死だ。


「ヤス! 生きてるか!」

「ななな、なんとか!!」


 ヤスは槍を振り回している。独楽(こま)のようだ。中々の回転率で、敵を倒せずとも牽制できている。

 しかしどうしたものか。このままじゃ生きれはするも功を上げられない。


 ドォン!!! と鐘の音が鳴り響く。すると、相手の騎士たちは一斉に引いた。


「なんだ? まだ夕陽の『ゆ』の字も見えてないぞ」


 不知火側も追撃はせず、様子を見る。すると、亜羅水の軍団から黒鎧の騎兵が出て来た。

 熊の如き巨躯で、顔はゴリラのように彫が深い。



「我が名は黒岩(くろいわ)牙鬼(がき)!! 妖刀衆! 天草凛音!! 貴殿に一騎打ちを申し込ぉむ!!!」



 凄まじい声量。距離にして500mはあるであろう天草まで、その声は轟いただろうな。

 一方天草は、部下に何か耳打ちする。その耳打ちされた部下は前衛に出て、弓を引き、黒岩に向けて矢を飛ばした。黒岩は矢を掴む。


「矢文は……ないか。それが貴様の答えか。天草!!!」


 黒岩は矢を握り折る。


 黒岩の巨大な黒馬は吠える。

 黒馬は走り出す。その背に乗っている黒岩は両腕を上げた。


「黒岩騎兵隊出ろぉ!!!!」


 黒岩に続くように騎兵が出てくる。列になって騎兵隊が不知火の軍勢に突撃を仕掛ける。


「ちっ! 遠いな!」

「どこ行くの吉数君!?」


 俺は不知火の軍勢から飛び出し、騎兵隊の進行ルートを目指して走るが――間に合わない。俺の3メートル程先を黒岩は通って、不知火の志願兵たちを轢き飛ばし、陣形の深くまで切り込む。


「ならば……!」


 黒岩ではなく――その後ろに連なる騎兵隊に目をつける。



 ◆



 天草凛音は黒岩の暴走に対し、冷や汗を浮かばせていた。


「まずいな」


 単細胞で知の欠片もない突進。なのに凄まじい威力だ。

 魔導衆(まどうしゅう)――不知火が抱える魔術師集団が魔術をぶつけるも、怯まない。黒岩も、後ろの騎兵たちも、速度を緩ませず真っすぐ凛音に向かってくる。

 あの突進を止めるのは難しい。黒岩をどかせても、後続が突っ込んでくる。


「凛音様! 一度登龍関の近くまで下がりましょう! 登龍関近くならば登龍関にある防衛兵器で奴らを打ち払えます!」

「馬鹿者! 私がここで退けば、いま私の居る位置より前に居る者達は全員、あの騎兵隊に殺されるぞ!!」

「ですが……!」


 黒岩はもう目と鼻の先。凛音との距離はあと、40メートル――だがそこで、()()が発生した。


 凛音は、黒岩の後方で、血しぶきが上げながら飛び回る人影を見た。

 馬上の人間を斬り、前の馬に飛び移り、その馬上の人間も斬り、また前の馬に飛び移る。そんな人間離れした所業を(おこな)っている人間がいる。


「なっ!?」


 最初は幻かと思った。

 なんせ、血を浴びながら刀を振るうその姿は、御伽噺(おとぎばなし)で出る鬼のようだったから。


「なんだ……アレは!?」


 黒岩の背後にいた騎兵が、その人影の抜刀術により胴体を落とされる。そこで黒岩は後ろの異変に気付く。


「何者だ貴様ァ!!」


 人影は黒岩に飛び掛かる。人影と黒岩は鍔迫り合いをしながら馬から転げ落ちた。

 黒岩が落ちたことで、騎兵たちは足を止める。

 黒岩は立ち上がりながら長斧を振り回し、周囲にいた不知火の兵たちを弾き飛ばす。


 黒岩と共に落ちた人影――侍、空蔵吉数は、黒岩の間合いに入る。


「アイツは……確か」


 凛音はあの、血みどろの少年に見覚えがあった。


「前に、黒鎧を斬ったと、(うそぶ)いていた男……!」

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