第25話 不和
――昼時。
「コラ凶撫! またお前はそんな得体の知れないパン屑で腹を満たして……!」
「パン屑じゃない。『クルルギバー』だ。これ一本で一日分の栄養が摂取できる優れモノだよ?」
「そんな少しで栄養が摂取できるわけないだろ。ほら、私が取ってきた魚を食え!」
「生臭いのは嫌いだ」
「好き嫌いしていると成長できんぞ」
「君は好き嫌いしていない癖に成長してないじゃないか。特にその胸」
「斬り殺されたいのか貴様?」
「……」
――夕暮れ時。
「つっかれたぁ。凛音ちゃんおんぶして~」
「ふざけるな。日頃の鍛錬を怠るからこれぐらいで疲労するんだ」
「じゃあ風船で馬作って走ろうっと。先に行くね君達」
「馬鹿! はぐれるな! ――クソ! 追いかけるぞ空蔵!」
「……」
――夕飯時。
「凶撫、今回は鶏肉を用意した。これなら食えるだろ」
「だからさー、僕はこのバーで十分だって言ってるじゃない。食事に時間取りたくないんだよ」
「本作戦において我々は一心同体、共に食事をし、仲を深め……」
「あ~、やだやだ。食事に必要以上に価値を乗せる人、ほんっとにやだ。凛音ちゃんってパワハラ上司の典型だよね」
「ぱ、ぱわはら? とはなんだ?」
「古臭くて頭の悪い上官ってことさ」
「いいだろう。そこまで私に斬られたいのなら思い通りにしてやるっ!」
「……」
――そしてまた朝が来る。
「二人共、話がある」
まだ寝ぼけ気味の凶撫と、キッチリ早朝ランニングと水浴びを終えた凛音を集合させる。
「なんだい吉数君、僕は朝に弱いんだ。手短に頼むよ」
「昨日一日、思っていたより進めていない。原因がなにかわかるか?」
「凶撫の怠惰な態度のせいだ」
「凛音ちゃんのクソみたいな指揮のせいでしょ」
「なんだと貴様!」
コイツら……。
「はぁ。あのな、この作戦は俺達三人の連携が大切だ。それはわかるだろ?」
「もちろんだとも」
「当然だ」
「なのにお前らときたら一分に一回は喧嘩して、足を止めたり、ふてくされて無駄に速度を上げたり……もっと仲良くできないのか?」
二人は叱られた幼稚園児のようにそっぽ向く。お互い、相手が悪いと思っているんだろう。
「吉数君、どうしてもわかり合えない人間は存在するのだよ。僕にとってそれは凛音ちゃんなんだ。理屈じゃなく、本能で分かり合えないんだ」
「同感だ。それにお前の心配は杞憂だぞ空蔵。連携に支障はない」
「支障はないって、そんなわけ――」
ふと殺気を感じて、俺は話を止める。
「どこだ……?」
俺たちはいま、森と川の間の平坦な道を歩いている。前後の道には誰もいない。普通に考えれば森からの殺気だが、どうもこっち側ではないような気がする。
「川だ!」
凶撫の声。川の方を向くと同時に、大量の鮫が川から打ちあがり、陸に降りてきた。
その鮫たちは全員、四本の足を持っており、なんと四足歩行している。
「鮫の妖怪か」
凛音は刀を握る。
「舌に札が見えた。式神だな。となると、近くに使役する者がいる」
凶撫は索敵用の犬を作ろうと、バルーンアートを始める。その凶撫の隙を狙い、鮫たちが襲い掛かる。
「凶撫!」
鮫が迫ってきているのに、凶撫は回避も防御もしない。バルーンアートを続けている。
鮫と凶撫が接触する、刹那。赤い剣閃が鮫たちの首を絶ち切った。
「血が欲しいならくれてやるぞ。雑魚共」
どうやら凶撫は凛音の援護を期待して防御をしなかったようだ。
鮫はまた大量に川から打ちあがる。倒しても倒してもキリが無さそうだな。術者を倒さないとダメみたいだ。
「犬完成」
凶撫は犬型風船を走らせる。風船に噛みつこうと鮫が迫るが、
「『罪血』」
凛音が鮫たちを刀で斬り裂き、血液を刀に吸引する。
風船は川に入っていくが、風船ゆえに潜れはせず、プカプカと浮く。
「起爆」
凶撫が指を鳴らすと風船は爆発し、大きく水しぶきが上げる。
「うわああぁ!!?」
全身タイツの男が打ち上げられた。
「『罰血』!!」
凛音が血液を妖刀から射出。血液の斬撃でタイツ男を斬ろうとするが、タイツ男は札を投げ、札を媒介に鮫の化物を召喚し、血液をガードする。
「ははは! この西近寺満彦を、その程度の攻撃でやれると思うなよ! 貴様ら全員の身ぐるみ、全て頂く!!」
「なんだ野盗か」
「馬鹿が。今出した血液は攻撃ではない」
「なに?」
凛音が射出した血液は空中で固まり、『足場』となる。
俺は血液の足場を次々と飛び移りながら抜刀術で鮫の怪物を斬る。
「ふん! この程度、窮地でもなんでもないわ!!」
タイツ男は札を出し、鮫を俺とタイツ男の間に召喚する。式神の肉壁だな。くだらない。
「失せろ雑魚が」
問答無用。鮫ごと抜刀術でタイツ男の首を斬る。
「ばぎゃな!?」
鮫は札に戻り、
そのまま俺はタイツ男と共に川に落ち、泳いで岸に戻る。
「僕と凛音ちゃんで吉数君を援護して、彼の抜刀術で決めるのが一番楽だな」
「ああ。あの抜刀術相手では敵もロクな対策はできまい」
「……お前ら、息ぴったしじゃないか」
さっきまでの仲の悪さが嘘のようだ。戦闘時の二人の連携は見事なものだった。
「日常生活において凛音ちゃんとの相性は最悪なものだが、戦闘時の判断は気色の悪いことに一致することが多くてね」
そういえば戦術会議の時も、二人の意見は基本的に一致していたな。
「ああ。生活面では迷惑を掛けるが、連携は問題ない。だから気にするな空蔵」
「いや……戦術で気が合うなら生活でも頑張って欲しいんだが……」
「「無理だ」」
声を合わせて言われる。
それがまた二人にとって嫌だったのか、「真似をするな!」「僕のセリフだよ」とまた言い合いになってしまった。
仲がいいのか悪いのか……。
「まぁ、僕達のことはともかく、ここらで吉数君に教えておきたいことがある」
「なんだ?」
「君の抜刀術についてだ。前にどういう仕組みであの抜刀術が発生しているか見当は付いていると言っただろう?」
「ああ」
「君の抜刀術を何度か見て、それなりに確信を得たから話すよ。その見当ってやつをね」
「私も気になるな。コイツの抜刀術は異常過ぎる」
「歩きながら話そう」
舞魏への道を行きつつ、凶撫は解説する。
「君の抜刀術の成り立ちより先に、まずは君の抜刀術の特性について話そうか」
「特性? めちゃくちゃ速くて鋭い。っていうのが特性じゃないのか?」
「違うよ。君の抜刀術が持つ特性はたった一つ。その一つの特性を起点に、色々な現象が起きている。超高速も、バカ切れ味も、全てね」
凶撫は楽し気に語る。
「君の抜刀術の特性……それは」
凶撫は自身の目を指さし、
「『観測できない』、だ」
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