第24話 舞魏城の番人
舞魏城――雲禅氷雨の手によって氷の城と化した舞魏最大の城。
壁や屋根、家具などは凍っているが、内側全てに氷が詰まっているわけではなく、中に入ること、上の階に行くことは可能だ。
舞魏城の最上階、玉の間。
雲禅氷雨は右手に持った凍獄を床に突き刺した状態で玉の間に鎮座しており、雲仙と凍獄を中心に巨大な氷塊が出来ている。当然、氷雨の意識は無く、冷凍保存されている状態だ。
現在、玉の間で眠っている氷雨と対面して座っている男がいる。
――天眼寺王馬。
彼は右手で盃を持ち、酒を口に運ぶ。彼の左手側では亜羅水の魔術師が魔法陣と詠唱を使って治癒魔術を掛けていた。魔術師は彼の斬られた左腕を持ち、なんとか繋げようとしているが、その表情は険しい。
魔術師は厚着且つ、炎の魔術で暖を取っているが、王馬は花柄の着物で防寒はしていない。にもかかわらず、体を震わせることもなく平然と酒を進める。
「王馬様……すみません。ダメです。治癒魔術では治りません」
「ウチの魔導衆も腕が落ちたな。腕を失っているならともかく、腕があって治せないってのはどういうことだ?」
「わ、わかりません」
魔導衆の女性は目の前の理解不能な現象に恐怖を抱く。
「この傷口は……おかしいです。一切魔術を受け付けません」
「言語化できる範囲でいい。説明しろ」
「治癒魔術は『事象を観察』し、『事象を改変』もしくは『事象の改善』をすることで治癒します。『事象の改変』は『傷を受けた』という事実そのものを消したり、傷を受ける前まで肉体の時間を回帰させることを言います。『事象の改善』は『傷を受けた』という事実は肯定し、その上で自然治癒能力を強化したりすることを言います。ですが」
「もっと簡潔に言ってくれると助かる」
「……では結論から言います。この傷は『観測できません』。目で見えていても、魔術が傷を認識できないんです」
なるほど? と王馬は首を傾げる。
「つまり、魔術の最初の工程である『事象の観察』ができないんです。言ってしまえば、意味の分からない傷なんです。何がどうなってこんな傷になったかわからない。ただの切り傷じゃない……この傷の部分だけ、世界に存在しない物質に変わっているような感じです」
弓術で言えば、狙う的が無いようなもの。
いくら優れた腕を持つ弓兵でも、いくら優れた弓矢を持っていても、的が見えなければどうしようもない。
「ふむ。『無現』のようなものか。あの魔女の言葉を借りるならダークマターだな。確かにそこにあるのに、観測できないという矛盾を孕んだ物質、か」
王馬は薄く笑う。
「そういや……アイツの抜刀術は一切観測できなかったな。『不観測』……この辺りの要素がアイツの抜刀術の真髄なのかもしれねぇ」
王馬は自分なりに分析し、頭の中で空蔵への対抗策を思索する。
「外科手術ならば治る可能性があります。恐らく王馬様が受けた技は対魔術に特化したものです。100の観測を必要としない物理干渉なら、あるいは……」
「そうなると里に行かないとな。ちっ、めんどくせぇが片腕欠かしたまま戦うのは、さすがに相手にわりぃや」
「――『相手に悪い』、などという甘えた言葉、二度と吐かないで欲しいですね」
王馬の元に、片眼鏡の男が歩いてくる。
「芭李か」
「気軽にバリーと呼んでくれて構いませんよ」
芭李一善。亜羅水の武家一等であり、高水準の剣の腕を持ちながら策略家の一面も併せ持つ武将だ。縦長の顔、細い目。背が高く190センチあり、威圧感のある男だ。王馬と違いきちっと黒いコートを着込んでいる。
「ここは私に任せてあなたは早く帰りなさい。王馬殿」
「まさかとは思うが、テメェ……適合したのか?」
バリーは笑い、背中に隠していた灼華を出す。
「ただでさえ優秀な私が、まさか適合してしまうとはね。天は本当に不平等だ」
バリーは刀を引き抜き、魔力を込める。
灼華は炎を纏い、空気を温める。
「まだじゃじゃ馬な出力に手を焼いていますが、一日あれば手懐けるでしょう。妖刀の運用は魔術の運用に似ている。魔術師としても優秀な私が灼華に選ばれたことは本当に幸運でしたね」
「そうかい。じゃあ後は任せたぜ」
王馬は立ち上がり、場を去ろうとするが、
「お待ちなさい」
バリーが王馬を呼び止める。
「あなた程の人間が、誰に腕を斬られたのです?」
バリーは王馬を認めている。恐らく、亜羅水の誰よりも。
ゆえに認められない。王馬の腕を斬った存在を。
「背はお前の首ぐらいかな。侍で、赤と黒の二色を使った着物を着ている。黒髪で、後ろ髪を結っている。虚ろな瞳で、仙人のような気を放っている。十五、十六ぐらいのガキだ」
「そんな子供に……! どのような技を使うのですか?」
「抜刀術だ。回避不可、防御不可、回復阻害、そんでもって……光よりも速い。アイツが抜刀の姿勢にあって、こっちの急所が間合いに入ったら終わりだ」
「……色々と腑に落ちぬ部分はありますが、いいでしょう」
王馬は「じゃーなー」と手を振って部屋を出る。魔導衆の女性も王馬の後を追うように去った。
王馬が居なくなった後で、バリーは右手を口元に持ってくる。
(やっぱり王馬様……しゅき……)
バリーの瞳にはハートが浮かび、頬は赤く染まる。
内股で悶える様は乙女のよう。
「……はぁ……いつ見てもカッコイイですね~! あの自由な立ち振る舞い! 般若のような覇気!! 長い髪も美しい……!」
ひとしきり王馬を賛美した後、バリーは怒りの形相をする。
「ゆえに許せぬっ!!!!」
バリーは灼華を振るい、業炎を起こす。
「王馬様の腕を奪いし男……貴様は万死に値するぞ!!! 必ずや我が手で葬ってくれる!! し、か、も! なんか気に入られている感じだったしなぁ!!! 万死どこではない! 億死だ!!!!!」
怒りのまま炎を振りまくバリー。
バリーの火炎を受け、床や壁の氷は溶ける。だが肝心の氷雨周辺の氷は水滴すら浮かべなかった。
「それでは、ジックリと修行させていただきますよ。ここにはいくら技をぶつけても壊れない氷がありますしね……! 待っていなさい抜刀使い……!!! あなたは髪の毛一本すら、この世に残しませんよ……!!」




