第20話 妖刀の行方
王馬が去ってから二時間が過ぎた。
凶撫は王馬が去ってから一時間程で周布を立て直し、防備を整えたそうだ。と言うのも、そもそも王馬は向かってきた兵士は叩き潰したが、交戦意思のない兵や民には手を出さず、設備の破壊もしなかった。そのため、立て直しは簡単だったらしい。
不知火の大きな損失は二つ。妖刀衆・叢一刀斎の死と妖刀・灼華の強奪だ。戦力低下はもちろん、士気も著しく下がっている。特に叢軍の士気低下は激しい。
俺は雪凪に肩の傷と背中のダメージを癒してもらい、すでに戦闘可能な体調まで復帰した。雪凪の働きは大きく、かなりの不知火兵は雪凪のおかげで一命を取り留めた。
ヤスはヤスで上手く雪凪をサポートしたらしい。怪我人を雪凪の元へ誘導・運搬、更に怪我人を怪我のレベル毎にランク分けし、手首に紐を結んで、結び方で怪我のレベルを見分けられるようにした(蝶結びなら重傷、片花結びなら軽傷といった感じ)。重傷者は雪凪が担当し、軽傷者は周布の医者に治療してもらったそうだ。このヤスの怪我人をランク分けするやり方は実際に救命救急の現場や野戦病院で採用されているやり方で、これを独自に考えたのだから意外にアイツは非凡なのかもしれない。
こうして王馬による奇襲事件は幕を閉じた。
――翌朝。
俺は周布の宿で一夜を過ごし、ヤスと一緒に周布の砦の胸壁(城壁上部)の上から三都の方角を見ていた。
「敵軍、来ないね」
「やっぱり王馬の独断専行だったようだな」
「雪凪ちゃんはどうしてるの?」
「まだ寝てる。昨日は頑張ったみたいだからな」
「凶撫さんは?」
「お偉いさんと夜通し作戦会議してるよ」
ちなみに、今回俺の功績は0だ。
王馬を撃退したことは凶撫以外には言っていない。如何せん、あの場には俺と王馬以外に誰もいなかったからな。妖刀衆が負けた相手を俺が撃退したと言った所で信じられないだろうし、余計な火種を生むだろうと判断し、凶撫以外にはこの事実を伝えないことにした。
「それにしても叢さんを亡くしたのは色々な意味で重いね」
「戦力低下。士気低下。他に何かあるか?」
「ほら、政治的な部分でさ、叢さんって武家の看板みたいな存在だったから、これからは公家の権力が強くなっちゃうんじゃないかな?」
「公家の権力が強くなると何か問題あるか?」
「だって、ハッキリ言って不知火の公家ってろくでもないじゃない? ああ、ごめん。君の家は公家の家だったね……」
「別に構わない」
武家の権力が弱まるのは困るな。空蔵家が調子に乗ると鬱陶しそうだ。
「ここにいたか。吉数君」
恐らく徹夜明けの凶撫が姿を見せた。
「大丈夫か? 寝てないだろ」
「一徹ぐらいどうでもいい。正念場は三徹からさ」
強がりじゃなく、本当のことなんだろうな。全然元気そうだ。
「ところで天眼寺王馬のことだけど、何か言ってなかった?」
「何か気になることでもあるのか?」
「いやさ、今回の襲撃の目的がいまいち掴めないんだよね~」
「ああ、それならわかるぞ。アイツの目的は灼華だ。自分でそう言ってた」
「灼華? ……妖刀ではなく、灼華が目的と言っていたんだな?」
「そうだ」
「……いや、これはまずいな」
凶撫は「あちゃー」と頭を抱える。
「そうか。そういうことか。奴らの目的は二本の妖刀だ」
「二本……灼華ともう一本、ってことか?」
「ああそうだ。そしてこのままだと二本目も取られる。――舞魏にある雲禅氷雨の妖刀『凍獄』。奴らの狙いはそれだ」
「妖刀は氷漬けになってるんだろ?」
「そうだよ。だからそれを溶かすために灼華が必要だったんだ。灼華は氷を溶かす火炎の妖刀。灼華ならば凍獄の氷も溶かせる」
そういうことか。
灼華を取れば同時に凍獄を取れる、そう踏んだわけだな。このままだと妖刀の数すら亜羅水に並ばれる。状況は最悪に近いな。
「まずいな……舞魏だけでもすぐに取り返さないと……」
「氷が溶けるまで時間はあるのか?」
「妖刀の適合者探しが大体一日から二日、さらに妖刀を使いこなすのに三日はかかる。それから氷の塔を溶かすのに三日はかかるな。適合者探しがすぐに終わって、妖刀をすぐさま使いこなせる天才君が居たと仮定しても、最低五日はある」
「期限は五日か。もう一つ質問いいか?」
「なんだい?」
対王馬戦で俺の課題は見えた。
それは『抜刀の間合い外における選択肢の無さ』だ。
少しでも自分よりリーチのある相手だと、すぐに不利になる。これだけ強力な抜刀術を持っているのに、使う間合いまで近づいてもらえなきゃ意味がない。
ならば、間合い外でも戦える術を手に入れれば良い。
この俺の弱点を簡単に解決する方法が一つある。それは、
「もしも俺が灼華を奪い返せたのなら、俺が灼華を使ってもいいのか?」
――火炎を飛ばせる妖刀を手に入れること。




